Isak Ladegaard著「Open Secrecy: How Technology Empowers the Digital Underworld」
非合法な麻薬売買に関わる売人や客、オープンなインターネットにアクセスしようとする中国の消費者やそれを可能にしている技術者、そして主要なソーシャルメディアから排除された極右白人至上主義者たちといった3つの異なるコミュニティが、それぞれどのようにしてインターネットの匿名空間を利用しているか研究した本。
著者自身は麻薬売買に関しては政府による禁止のほうが弊害が多いと考えるが、ダークウェブ上のマーケットは子どもの性的虐待画像をはじめ本当に禁止すべきな商品も流通させてしまっていることから問題もあると考える一方、中国の一般消費者や民主活動家たちがオープンなインターセックスへのアクセスを求めてテクノロジーを利用することについては肯定的、そして極右白人至上主義勢力が匿名空間を使ってヘイトを増幅させ2021年の連邦議事堂占拠事件のような暴力的な行為を計画していることに警戒心を抱く立場。それぞれの異なるコミュニティに潜入し、関係者に取材したり外部に流出したログを分析するなどした著者は、技術の可能性とその危険性をそれぞれ指摘する。
本書のなかで一番おもしろいのは、麻薬売買が行われるダークウェブ上の市場の部分。もちろんダークウェブでは違法な銃器や性的虐待画像などもやり取りされるが、やはり最もたくさん売買されているのは各種の麻薬。これまでストリート上の麻薬売買においては末端の売人と客がそれぞれ顔見知りになることで双方の安全を確保していたが、シルクロードやアルファベイ、そして閉鎖されたそれらの後を継ぐさまざまなダークウェブマーケットでは売り手が詳細な情報を提示するとともにアマゾンやeBayのように双方がお互いを評価する仕組みを取り入れている。こうした仕組みにより麻薬売買は普通の商品の売買と一見変わらないようになり、客の側にも普通の消費者としての意識が芽生える。
シルクロードやアルファベイが摘発・閉鎖されたことからも分かるとおり、ダークウェブの匿名性は完全ではないし、少し使い方を間違えればそこから身バレすることも少なくない。摘発することは難しいけれども政府機関がその気になれば不可能ではない、というバランスは、ダークウェブマーケットの側に自制を促し、たとえば性的虐待画像など特に反社会的なジャンルの商品の取り扱いを自主的に禁止するなど、政府の関心を少しでも薄めるような対策につながる。また、ダークウェブ上では本物の医師や麻薬研究者らが麻薬の安全な使い方について相談を受け付けたりするなど、ハームリダクションの試みも生まれた。社会的規範から逸脱「しすぎない」ためのこうした自律的な秩序の発生はとても興味深い。
また、残りの章が示すとおり、テクノロジーは自由を求める一般市民を政府の監視から逃れさせるために使われることもあれば、白人至上主義的な目的のために民主的な政府を転覆するためにも使われる。道具自体に善悪はない、全ては使い方だ、と言って済むようなスケールの話ではないけれど、最後には白人至上主義に対抗するためのテクノロジー利用にも触れられ、人権や民主主義を守るためのテクノロジーのあり方や技術者の社会的役割を考えさせられる。