Herbert Hovenkamp著「Tech Monopoly」
巨大なテクノロジー企業に対する批判が高まるなか、反トラスト法(独占禁止法)がそうした企業に対してどう適用されるべきか、反トラスト法の専門家が論じる本。
比較的短めの本で、反トラスト法の解説とそれが適用された大きな前例(スタンダード石油、AT&T、マイクロソフト)を振り返りつつ、現在のグーグル(アルファベット)やメタ、アマゾン、アップルなどの企業にどう対応できるのか。基本的に著者の考えは、それらの企業へのさまざまな批判は丁寧に切り分け市場独占に関係するものだけ反トラスト法は適用されるべきであり、またかつてスタンダード石油やAT&Tを分割したけど結局大きな独占企業がなくなって地域や市場別の小さな独占企業を生んだだけだった反省を踏まえ、1990年代にマイクロソフトに対して行ったような、不当競争行為を抑止するような対処が望ましい、というもの。
市場独占はそれだけでは不当ではない。デジタルな商品の供給は限界費用が低いためスケール効果が大きく、プラットフォームにはネットワーク効果が働くため、これら大手テクロノジー企業は特定の市場で独占的な地位を占めることがあるが、それ自体は自然に生まれた独占であり消費者にも利益がある。しかしかつてマイクロソフトが独占的な自社OSのWindowsに自社ブラウザをバンドルし、OS供給契約を通して競合他社(ネットスケープ)を不当に排除しようとしたような行為があるのは問題であり、テクノロジー企業がそうした行為に出た場合には政府が反トラスト法で対処すべきだとする。
また、どの範囲を市場とみなすかの判断も重要。フェイスブックは一時期独占的だとみなされたが、ツイッターやインスタグラム、TikTokなど少し市場をずらしたものが次々と登場しており、決して安泰ではない。注目されるべきはどれだけ市場を独占しているかではなく、インスタグラムなど競合しそうな後続を買収してあらかじめ競争を避けようとする行為で、反トラスト法が対象とするとしたらそれだ。またアップルは自社のスマートフォン向けのアプリを販売する手段を独占しており、自社のポリシーに反するアプリを締め出すなどして独占的な力を行使しているが、ユーザの安全を守るためというアップルの主張がどこまで認められるかヨーロッパとアメリカでは異なる判断になっている。
反トラスト法は、テクノロジー企業によって市場が撹乱され既存の業者を圧迫することを禁止するためのメカニズムではない。たとえばUberやLyftの登場によりタクシー業界は競争にさらされ大きな損害を被ったが、それは反トラスト法が対処すべき問題ではない。それでたとえば労働条件が悪化したり、障害のある人の交通手段が減ったりしたとして、もしそれに対処が必要ならそれは反トラスト法とは別のメカニズムで行うべきだ、というのが著者の主張。しかし著者は、UberやLyftのおかげで料金が下がり消費者も喜び働く選択肢が増えた運転手も喜んだ、と書いており、労働条件の悪化そのものを認識していないようで、その点が気になる。
テクノロジー企業に対する理解も著者は少し欠けている気がする。アルファベットやアマゾンの事業として消費者の目にとまりやすい部分(検索エンジン、YouTube、ネット通販、電子書籍)しか見ていないように思えるし、アマゾンがモノポリーだけではなくモノプソニー(買い手独占)の立場から自社プラットフォーム上の市場を支配している点も十分に取り上げていない。バイデン政権は反トラスト法を積極的に使って消費者や労働者の利益を損なう独占企業の行為に目を光らせているが、著者はごく限定された適用を訴えており、テクノロジー企業の影響力の大きさに比較して不十分に感じられる。