Elizabeth Buchanan著「So You Want to Own Greenland?: Lessons from the Vikings to Trump」
一期目のうちからグリーンランドへの領土的野心を表明していたトランプ大統領が二期目に入り買収のオファーだけでなく軍事侵攻までオプションに入れて領有を狙うグリーンランドの所属や主権をめぐる歴史についての本。
グリーンランドは大陸を除いた世界最大の島で、住民の多数はカナダやアラスカの先住民と同じイヌイット。10世紀からヴァイキングの入植がはじまりノルウェイとデンマークのあいだで所有が争われたが、現在ではデンマークの自治領となっている。第二次世界大戦のときにデンマークがナチスドイツに占領されると、デンマークの駐米大使が本国を無視して勝手にアメリカ政府と協定を結び、米軍が駐留した。ちなみに同じくデンマーク領とされていたアイスランドは本国がナチスに占領されたタイミングで独立に成功しているが、アイスランドはグリーンランドと異なりヨーロッパ人入植者が人口の多数を占めており独立を認められるのに有利な状況ではあった。
戦略的に見て、グリーンランドはナチスが北米に侵攻する際の経路となり、また逆にアメリカがヨーロッパに派兵する際の基地ともなる重要な位置にあった。その後冷戦がはじまると、ソ連侵攻への防波堤としてグリーンランドの価値はますます上がり、なし崩し的に米軍の駐留が続いた。また氷に覆われたグリーンランドの地下深くには米軍のための秘密基地が建設され、レーダーや対空ミサイルなど防衛的な軍備は良いけれど核兵器の国内への持ち込みを認めないとするデンマーク政府の方針に反して、ソ連を標的に収める核ミサイルの設置が秘密裏に行われた。このようにグリーンランドの領有あるいは支配を目指す考えはトランプ政権になってはじまったものではなく、西半球へのヨーロッパの干渉を認めないモンロー・ドクトリンのもと、歴代のアメリカ政府が本音では望み、たびたび試みてきたものだ。
グリーンランドでは21世紀に入ってより大きな自治権や独立を求める声が大きくなっており、2009年には外交・軍事を除く政治的な権限がグリーンランド政府に移行されたが、グリーンランドはデンマーク本国の支援なしには行政や経済が成り立たないという弱点から完全な独立には踏み切ることができていない。世論調査によると、これまで通りデンマークの支援を受けられるのであれば独立したいが、生活レベルが下がるのであれば自治でいい、という現実的な意見が多数。ただトランプがグリーンランド買収を言い出した途端、グリーンランド住民たちがアメリカへの所属を選ばないようにデンマーク本国からの支援が大幅に増額されたそうなので、これからもアメリカとデンマークを天秤にかけ(必要ならさらに北極圏に支配を広げたい中国あたりも対抗させて)より大きな自治と住民たちの利益を確保しようとしていくのかもしれない。
もし実際にアメリカに編入されたら絶対ロクなことにならないことはアラスカやその他の北米先住民の扱いを見ればわかるけど、グリーンランドの価値を釣り上げてより有利な条件を引き出すための役に立っているなら、トランプの発言はグリーンランドにとって悪いことばかりでもないのかなあと。