Dylan Mulvaney著「Paper Doll: Notes from a Late Bloomer」

Paper Doll

Dylan Mulvaney著「Paper Doll: Notes from a Late Bloomer

2020年に自身のトランジションを記録したTikTokで人気を博し、2023年にビール会社のソーシャルメディアプロモーションに採用されたところ反トランスジェンダーや反DEI(多様性・公平性・包括性)を掲げる右派によるバッシングやボイコットの対象となったトランス女性ディラン・マルヴァニー氏による自叙伝。

いやわたしTikTok見ないので全然知らなくて、彼女がビール会社のプロモーションに参加したことでビール会社に対するボイコットが起きてビールの売り上げにも響いたという話はいまになってもなんでそうなったのか理解できないのだけど、それまで右派のなかで広がりつつあった極端なトランスフォビアと反DEIが一般社会に大きな影響を与えた最初のケースの一つとして重大な事件。てゆーか彼女はテレビCMとか雑誌広告みたいに大勢の視聴者の目に触れる場に採用されたわけでもなく、多数のインフルエンサーの一人としてビール会社のキャンペーンで報酬をもらってインスタグラムに動画をアップしただけで、そんな大事になるのがまじわからんけど、FOX Newsをはじめとする右派メディアによって企業のDEI文化の代表例としてやり玉に挙げられ、数日にわたって大々的にバッシングされたことで、彼女自身の安全が脅かされるとともに、企業がDEIを避けるきっかけとなった。

TikTokとかインスタグラムのインフルエンサーって言っても、本人を守ってくれる大勢のスタッフや組織を抱えているわけでもなく、ごく狭い層の熱狂的な支持を集めているだけの普通の一般人ですよ。それがいきなり大きなメディアによる攻撃の対象となるのが怖すぎるし、スポンサーのビール会社も、もちろんソーシャルメディアの会社も守ってくれない。もともと売れない役者として活動していた著者がノンバイナリーを経由してトランスジェンダー女性としてカミングアウトし、少しずつスポンサーを付けて成功しかけた先に、本人に全く責任のない政治的ヘイトの潮流の標的となって右往左往させられるホラーな話。

とはいえ本書はそれだけではなく、癒やしを求めてペルーで先住民たちが伝統的に使っている幻覚剤アヤワスカを使った儀式に参加して瞑想したり、その他のセラピーに参加した部分などはおもしろいし、とても共感できる。スタンダップコメディに挑戦してスベり倒したけどまた挑戦しようとしたりと、インフルエンサーでもなんでも成功するだけのガッツはあるし、変な形で名前が売れてしまったけど今後にも期待したい。でもTikTokは苦手なのでごめん。