David Rohde著「Where Tyranny Begins: The Justice Department, the FBI, and the War on Democracy」
大統領が自分や側近に対する捜査をさまざまな形で妨害しつつ、政敵に対して捜査当局を差し向けようとしたトランプ時代を経たいま、司法省やFBIの政治的中立性を取り戻そうとするメリック・ガーランド司法長官らが直面する困難についての本。
トランプは大統領に就任していらい、2016年の大統領選挙におけるロシア政府の不法介入やトランプ陣営スタッフとロシア関係者の関係について、アメリカの情報機関の結論を却下してロシアの見解を支持するとともに、ロシアとトランプ陣営との関係をめぐる疑惑は民主党やエスタブリッシュメントがトランプを攻撃するためのデマだと主張、自分は司法省やFBIを含むディープ・ステートによる不当な迫害の被害者だと訴えた。また同時にかれは、オバマ政権が政治的な目的でトランプ・タワーの盗聴を命じたなど事実に反する宣伝を繰り広げ、オバマやヒラリー・クリントン、ジョー・バイデンらに対する捜査を行わせようと自分が任命した司法長官らに要請した。さらには東部でロシアによる侵攻を受けていたウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で、議会が認可した軍事援助を引き渡すかわりにバイデン元副大統領およびウクライナのエネルギー会社の理事を務めるバイデンの息子に対する捜査を行えと圧力をかけ、一度目の弾劾決議を受けることにもなった。
2020年にブラック・ライヴズ・マター運動が全国え盛んになると、トランプはその裏に全国的なアナキストのテロリズム・ネットワークがあると主張、アンチファをテロリスト組織に指定すると発表し、抗議運動を鎮圧するために軍を一部の都市に派遣しようとし、またポートランドではのちに国境警備隊と判明した所属不明の連邦部隊が路上で日中、前夜抗議活動に参加していた活動家を取り囲み頭に袋をかぶせて車に連れ込み拉致するという事態も起きた。さらにその年の大統領選挙では、よく知られているように自分の落選を受け入れず、連邦司法省だけでなく各州の捜査当局に選挙不正の捜査を要求、結論が出るまで選挙結果を確定させるなと主張した(1月6日までに当選者が確定しない場合、憲法上では議会で各州の議員団がそれぞれ一票ずつ投票して当選者を決めることになっており、より多くの小さな州を押さえている共和党のトランプが再選されると考えられていた)。また選挙結果を覆そうと大勢の支持者を首都に集め、議事堂に向かうように指示しただけでなく、武装した支持者による政治的暴力を警告した捜査当局に対して持ち物検査を行わないよう指示した。
もちろん、司法省やFBIが権力者によって私物化されたのはトランプが初めてではない。かつて8代の大統領のもとでFBI長官を歴任し、市民運動に捜査員を紛れ込ませ公民権運動や反戦運動の弾圧に利用した一方、自分の上司であるはずの大統領を含め多数の政治家の弱みを握って自分の権力を増強したジョン・エドガー・フーバーや、自分が民主党事務所に盗聴器を設置させる指示を出したことを捜査していた検察官の解雇しようとして司法長官と次官の相次ぐ辞任を引き起こした(土曜日の夜の虐殺)チャード・ニクソン大統領などがその代表だが、ニクソン大統領の辞任後には、それらの不正に対する反省から、捜査当局の独立性を守り、政治的な影響を排除しようとするさまざまな規則や慣例が生み出された。そうした数々の規則や慣例を破壊し捜査当局を私物化したトランプが退任したあと、バイデン大統領によって司法長官に任命されたガーランドやその他の関係者たちは、ふたたび捜査当局に独立性と政治的中立性を取り戻し、トランプによる攻撃と私物化によって失われた人々の信頼を取り戻そうとした。
しかし信頼回復の道は限りなく困難だった。大統領の座を退いたあともトランプは司法省やFBIへの攻撃を続け、退任後のトランプに対して行われたいくつもの捜査や起訴は全てバイデンら政敵が指揮して行っている政治的な迫害だと主張した。政治的な捜査であると勘ぐられるのを恐れる当局は、たとえばトランプが各配備やイランとの戦争を想定した戦略の文書など機密文書を違法に大量に持ち去り自分が住む豪邸に無造作に置いていた件にしても、できるだけ穏便に解決しようと何度も弁護士を通して文書の返還を求めて交渉した。その結果、トランプ側の弁護士によって「徹底的な捜索を行った結果、発見された文書はこれで最後」と伝えられたが、実際には弁護士が捜索をする直前にトランプのボディガードが別の文書が入った箱を多数移動させていたことが分かり、それらの箱がトイレの空き空間などトランプが主催するパーティに招かれた人なら誰でも入れるような場所に置かれていたことなどから、強制捜査を行わざるをえなかった。また政府は強制捜査を極秘に行いメディアへの発表などは避けていたが、トランプが前例のない政治的攻撃であるとしてネットで騒ぎ立てたことで広く報じられることになった。そうした攻撃を受けても、捜査の中立性を維持するために捜査当局はメディアで反論することもできず、トランプやその周辺による一方的な攻撃が繰り広げられた。
また同時に、議会では共和党が「連邦政府機関の武器化」を調査する委員会を発足させ、司法省やFBIがトランプや共和党に対する不当な政治的捜査を行っていなかったかという調査を開始する。ロシアとトランプ陣営の関係をめぐる捜査に政治的な偏向がなかったかという調査では、捜査官のなかに民主党支持者が多かったいった話は出てきたものの、不正が行われた証拠は皆無。しかしそうした委員会を通して共和党議員たちは「ディープ・ステートによる迫害」というトランプのレトリックを後押しし、原則的に反論することが許されない捜査当局への信頼がさらに傷つけられた。
フーバーFBI長官やニクソン大統領は捜査当局を私物化しようとしたが、それはあくまで裏で隠れて行っていたことだった。しかしトランプはソーシャルメディアなどを通して大っぴらに捜査機関に政敵を捜査するよう要求する一方、自分が捜査当局によって不当に攻撃されていると支持者に訴えて、それら捜査機関に対する信用を傷つけ、また個々の捜査官や幹部たちに対する暴力的な攻撃を扇動している。自分がソーシャルメディアで名指しで攻撃されたり、議会共和党による調査の対象となることを恐れる捜査機関関係者たちは、さらにトランプに対する捜査に慎重になり、またトランプの標的となるような声明を発することを避けてしまう。
捜査機関の政治的中立性や独立性を取り戻し、世間の信頼を回復しようとするガーランド司法長官や捜査機関関係者たちの考えは素晴らしいが、ソーシャルメディアや右派メディアのエコチャンバーを通して一方的にデマや陰謀論を広めることに躊躇がないトランプやその支持者たちに対抗するにはまったく力不足。かといって捜査当局がメディアで世論に直接訴えかけるのもおかしいし、それはむしろ信用を傷つけることになりかねない。粛々と捜査を積み重ねトランプの犯罪を次々と解明し有罪判決を導き出すしかないど、トランプがふたたび大統領になってしまえばもう全部台無しになってしまうわけで、逆に言えばそりゃトランプはどんな手段を取ってでも当選したいよね。