Chelsea Henderson著「Glacial: The Inside Story of Climate Politics」
1965年にジョンソン政権が化石燃料の使用によるCO2濃度上昇が気候変動を引き起こす危険性を警告して以来、50年以上にわたって気候変動への対応がどのように遅延されてきたのか、アメリカ政界の動きを細かく追って解明する本。
若年層を中心に米国民の過半数がより積極的な気候変動対策を支持しているなか、それがほとんど実現しないのは、アメリカ政治の救いようのない分断と停滞や、コーク・インダストリーズをはじめとする化石燃料業界によるロビー活動や科学懐疑論・陰謀論の流布が理由であることは明らかだが、常にアメリカ政治がこれほど停滞・混迷していたわけではない。かつては環境問題への政治家たちの姿勢は政党ではなく地域ごとの産業構造の影響が大きく、イデオロギーではなく地域ごとの利害の衝突として処理されていたため、民主・共和両党の政治家たちがそれぞれ選挙区に石炭・石油産業を抱える自党の政治家たちと助成金の分配などで取り引きをすることで、気候変動への取り組みを行う余地があった。政治家を志したときから一貫して気候変動対策を自身のライフワークと捉えていた民主党のアル・ゴア上院議員が共和党のジョン・チェイフィ上院議員と組んだように、両党の議員たちがタッグを組んで気候変動対策を推進した例も多数ある。環境庁を創設したのは共和党のニクソン大統領で、オゾン層破壊や酸性雨が問題とされたときには民主・共和両党が共同で環境保護のための規制を導入した。
民主党と共和党で意見が分かれたとしたら、それは環境保護の是非ではなく、それをどのように実行するかだった。基本的に民主党は政府による産業規制を主張した一方、共和党は有害物質排出権のオークションや売買のようなかたちで市場メカニズムを採用したほうが環境保護技術の革新を後押ししより効率的に環境を保護することができると主張した。酸性雨を引き起こすNOxやSOxの規制においては実際に市場メカニズムを用いた政策が採用され、それなりに成果を挙げている。しかし次第に共和党のなかでは化石燃料産業の影響により環境保護の目的そのものに対する懐疑論が広がり、企業による無制限の「政治的発言」の権利を認めた2010年の最高裁判決以降はその資金力によって気候変動に関する科学的事実に対する攻撃や陰謀論の流布が行われ、手段はともあれ気候変動対策は必要だという超党派の合意は崩された。かつて共和党が保守主義に基づいた政策として推進した、市場メカニズムを採用した排出権売買や炭素税のような政策を、いまの共和党は危険な左派政策であるかのように攻撃している。
かつては両党の政治家による妥協や取り引きによって政治的課題の解決が可能であったという話を読むと、昔はよかった、いまでは民主主義の本来あるべき形が失われてしまった、と思ってしまうけれど、当時の政治家たちはほぼ全員白人男性であり女性やマイノリティを下に見ていたし同性愛者なんて犯罪者扱いされていたわけで、良いことばかりでもない。また政治家同士の妥協や取り引きと言うけれども、要するに国の予算をそれぞれの選挙区にバラ撒くことで議員たちがお互いの再選を助け合うという談合が恒常的に行われていたという意味でもあり、当時の環境活動家たちにとっても満足できるようなものではなかった。とはいえ全くなにもできないよりは、談合であっても何らかの政治的合意ができるほうがマシな気はする。ちなみにバイデン政権の最初の二年間は民主党の中で同じような談合が可能で、石炭産業を背景とするジョー・マンチン上院議員にさんざんかき回されたけど、最終的にインフレ低減法というかたちでバイデン政権は史上最大規模の気候変動対策を実現させていたけど、第二次トランプ政権で全部ひっくり返されてしまう…