Anne Kim著「Poverty for Profit: How Corporations Get Rich off America’s Poor」
アメリカで政府が貧困対策に使う予算が貧しい人たちの救済や貧困の解消ではなく私企業に対する利益誘導に繋がっている現実を指摘する本。著者はワシントンDCで長年活動してきた法律家・ライター・編集者。
アメリカで1970年代以降、特に1990年代のクリントン政権による福祉改革以降、貧困層を対象とした福祉が削減され、生涯で受給できる期間に制限がもうけられたり最低賃金に満たない金銭を受け取るために社会貢献労働を強要されるようになり、その一方で貧しい家庭で育つ子どもたちを親から引き離し、また貧しく十分な教育機会も与えられなかった人たちを犯罪者として取り締まり刑務所にいれることで対処するようになったことは、Dorothy Roberts著「Torn Apart: How the Child Welfare System Destroys Black Families—and How Abolition Can Build a Safer World」やRuth Wilson Gilmoreによる古典「Golden Gulag: Prisons, Surplus, Crisis, and Opposition in Globalizing California」などさまざまな報告が明らかにしてきた。本書はさらに、1990年代以降の福祉制度改革が単に福祉を削減しただけでなく、福祉制度そのものを複雑化して民間企業の搾取を必然的としたり、民間企業にその運営を担わせるなどして、かねてから政府との関係が深い軍需産業をはじめとする民間企業への政府からの利益供与へと変質させたことを指摘している。
第一章はレーガン政権で導入され、クリントン政権で拡大された勤労所得税額控除(EITC)が取り上げられている。EITCは働いて稼いだ金額に応じて一定額まで税金が控除される仕組みで、収入がある水準に満たなかった場合には税金として納めた額よりも多くの払い戻しが受け入れられる点で、ミルトン・フリードマンらが提唱した給付付き負の所得税に近いもの。働かなければなんの給付もないが、賃金が安くても働けば働くだけ収入が増えるという仕組みが「労働を奨励する」として民主・共和両党に支持されている。EITCは一部の中流階層にとっても利益があるが、とくに貧困層にとっては毎年一度、年収の数割にも及ぶボーナスを受け取ることができるので、車の修理や滞納していた公共料金の支払いなどにあてるという形で生活に欠かせないものとなっている。しかし制度は複雑で、正しく申請するためには民間業者の支援を必要とする人が多く、そういった業者によってかなりの額が貧困層から吸い取られてしまっている。そもそも政府は申請に必要な情報をあらかじめ持っていて、制度を簡素化すれば不正申請を増やすことなくより多くの金額を人々の手に渡すことができるのだが、民間業者によるロビー活動によってそうした試みは阻まれる。オバマ大統領やバイデン大統領が金融危機やパンデミックへの対策としてEITCを一時的に増額した際も、それらを実現するための妥協として制度の複雑性はむしろ増大した。
ほかの章でも、貧困家庭扶助(TANF)や食料費補助(SNAP)などの福祉制度を通して連邦政府の資金が各州に割り当てられ、その実際の運用は各州に任されているが、多くの州でそれらのプログラムが民間企業に外注され、それらの企業の食い物にされていることを指摘する。TANFの予算のうち貧困家庭に対する金銭支援に使われる額は減少を続け、その一方で貧しい人たちに労働させるための労働訓練や貧しいシングルマザーが男性と結婚して支えてもらうための結婚支援などに資金が投入されるが、労働訓練の内容が実際に就職するにはまったく役に立たないものが多いし、異性愛結婚の推奨はただのイデオロギーであって現実の貧困対策としては成立していない。また、日頃からの十分な医療が行き渡らないなか、危険な労働・住居環境などにより慢性的疾患にかかった人たちに対する特定の医療行為に対する補助金だけは維持されており、少数の巨大民間企業が全国で多数の患者を抱えこみ政府の医療費支出を圧迫している。
こうした搾取に加担しているのは、民間企業だけではない。貧しい人たちに対する住居支援・食料支援・労働訓練などを掲げる大手非営利団体のなかにも、実際には民間企業に利益を誘導する仕組みの一部になっているものが少なくない。たとえば貧しくて十分な食料が買えない人たちへの支援として、スーパーなどから破棄予定の食材を集めて貧しい人たちに分配する活動は、フードロスの削減と食料支援の両方の面から有用だと思われがちだが、実際のところスーパーは破棄予定どころか食べられる状態になく破棄するしかない食品まで非営利団体に寄付することで、破棄にかかる費用を浮かせるだけでなく寄付分の税額控除を受けることができ、それが実際に貧しい人たちに届くかどうかは定かではない。そもそもアメリカにおいて食料は不足しておらず、食料を買うための収入があまりに不均衡であることが問題なのに、非営利団体はそうした問題を覆い隠しつつ、民間企業の利益を増やすことに協力している。
そしてこれらの搾取的な構図からも疎外された人たち、Ruth Wilson Gilmoreが言うところの「余剰人口」は、刑務所に送られ、そこで民間企業による搾取の対象となる。一般に思われているほど完全民営化された刑務所は多くはないが(移民収容所のほうが民営化されたものが多い)、刑務所ではそこで提供される備品や囚人の食事、最低限の医療などあらゆるものが民間企業の収入源となり、さらには家族が収監された人からの電話の取り次ぎや収監された人が売店で必需品を買うために家族が送金するシステムなどが民間企業によって独占的に運営され、収監された人たちやその家族らは市場価格とはかけ離れた金額を支払わされている。
人種差別や移民差別、階級差別などを背景として福祉受給者に対する攻撃が強まり、福祉削減の動きが起きたとき、クリントン以降のリベラルたちはそれに抵抗するのではなく、不正防止の口実で制度をより複雑化させ、また民間企業への委託を増やすことで政治的妥協を図った。貧困対策予算がただ削減されたのではなく、貧しい人たちの生活を支えるための支援から民間企業への利益誘導の仕組みへと変質させられたのは、1990年代以降のリベラルの選択の結果だ。バイデンによる「ビルド・バック・ベター」政策はルーズヴェルト以来の大規模な社会福祉政策の拡充を目指したが、民主党内の抵抗によりその多くが削り取られ、結局また民間企業にとってうまみのある部分(温暖化対策の自然エネルギー支援など)だけが残った。
ところで最近、あるホームレスの女性と話をしていたのだけれど、トランプ政権がSNAP予算の3割削減を目指しているというニュースに対して彼女は「不正をする人がいるから(自分のような)本来の資格がある受給者が損をする」と言っていた。彼女が言う「不正をする人」は移民のことであり、実際には移民の福祉受給には制約が多く彼女の主張は事実と反した排外主義的な偏見なのだけれど、福祉予算が本来それを受け取るべきでない第三者による腐敗によって毟り取られているという彼女の直感は間違っていない。それが巨大民間企業とかれらが雇うロビイストによる影響を受けた政治家たちであることを、より多くの人たちに知ってもらわなければいけない。