Amy Schneider著「In the Form of a Question: The Joys and Rewards of a Curious Life」

In the Form of a Question

Amy Schneider著「In the Form of a Question: The Joys and Rewards of a Curious Life

1964年はじまり1984年からは週5回放送されている視聴者参加型クイズ番組「ジェパディ!」で史上2位となる40回勝ち抜きの成績を残したトランス女性による自叙伝。

「ジェパディ!」は3人の回答者が賞金を目指してクイズで競い、勝者は賞金を手にして次の回にも参加できる仕組み。何十年も前から週5日放送されているだけあって全国に固定ファンが多く、最終的に敗退した回を含めて41回連続で番組に出演し総計130万ドル(約1億9390円)の賞金を勝ち取った著者は、ある意味もっとも広い層の人たちに顔と名前を知られたトランス女性とも言える。

注意欠陥障害(のちに注意欠陥・多動性障害と改称されるが著者は自分には多動性はないから注意欠陥障害という言葉を使っている)の傾向があった著者は、とにかく広く浅い知識を得ることが大好きで、子どものころから「将来ジェパディ!で活躍するのでは」と言われたほど。本人もそれを夢として何度かオーディションに参加して好成績をおさめるも、自分がトランスジェンダーであることを自覚し女性として生きることを決意して、一時期その夢を断念する。ジェパディ!にはそれまで既になんどかトランス女性やトランス男性が参戦していたし、番組制作側が彼女をトランス女性であるという理由で出演させないことはないと思ったけれども、自分の外見や声に自信が持てない著者は番組に出て全国の視聴者の目にさらされることに、そしてそれを見た人たちにソーシャルメディアなどで叩かれることに耐えられないと感じた。

女性としての生活に慣れ、またボイスレッスンを受けて女性的な声の出し方を学んだことで少しは自信を取り戻し、ふたたびジェパディ!のオーディションに挑んだ著者。しかし出演が決まったあと、彼女は普段家族や友人相手には使わない女性的な発声をやめ、自分自身をさらけ出すことを決める。自分は活動家でも政治家でもないけれど、多くの視聴者たちにとって自分ははじめて目にするトランスジェンダー女性かもしれない。それなら人になんと言われようとできるだけ堂々とありのままの自分で出演するべきだと考えた。その結果、彼女は史上2位となる勝ち抜き記録を作り、巨額の賞金とともに全国どこに行っても通用する認知度を獲得した。

一躍有名人となり、行く先々で「ジェパディ!のチャンピオンのエイミーさんですよね?」と話しかけられたり、彼女に商品を使ってもらおうとするスポンサーが寄ってきたりするあたりの話はおもしろい。自分は有名になりたくて有名になったわけではないけれど、有名になった人がそれを手放せなくなる気持ちは分かるようになったとして、かつて人気を博した有名人がもはやそれほど人気もないのにくだらないリアリティ・ショーに出演するなどして芸能界にしがみついている理由なども説明してくれる。ただ、メディアで活躍するトランスジェンダーの有名人の一人となった著者だけれど、トランス女性が頭のいいシス男性やシス女性にクイズで勝ちまくるという点ではトランスジェンダーのイメージ向上に貢献したとはいえ、多くのトランス女性が差別用語だと訴えている言葉を擁護する部分はわざわざ書く必要がなかったのでは、と思う。

ところでこの本よりほんの少し先に別のトランス女性による自叙伝として Paige Maylott著「My Body Is Distant: A Memoir」も出版されたのだけれど、その双方に共通しているのは、どちらのも著者も異性愛男性として結婚し、ある程度の年齢になってからカミングアウトによって離婚した、コンピュータ技術に詳しい人(本書の著者の本業はソフトウェアエンジニア)だということ。一昔前のトランス女性の自叙伝にはこういうストーリーが多かったのだけれど、わたし以降の世代では若いうちにカミングアウトして生活上の性別を移行するため異性愛男性としての社会経験がない、あるいは少ない人が増えていると思っていた。しかしそれは若いうちにカミングアウトした人しかトランス女性だと周囲が気づかなかっただけで、トランスジェンダーだと自覚するのが遅れた、あるいはカミングアウトする機会がなかった人たちは今の世代にもたくさんいて、そういう人たちが本を書くタイミングに来ているんだろうと思い当たった。