Amanda Oliver著「Overdue: Reckoning with the Public Library」

Overdue

Amanda Oliver著「Overdue: Reckoning with the Public Library

公共図書館の理想化されたイメージと現実の乖離とそれでも図書館が社会のために果たす役割についての、元図書館司書による本。警察や公衆衛生を含め政府に対する信頼が崩壊しつつあるアメリカ社会において、公共図書館は知識やテクノロジーへのアクセスを平等に提供しコミュニティを支える場としていまでも愛され続けている。アメリカで初めての公共図書館は建国の父の一人でもあるベンジャミン・フランクリンによって設立され、ヨーロッパから輸入された政治哲学の本などが読み回されることによって当時の白人男性エリートたちのあいだに影響を及ぼした。また19世紀に製鉄で成功し大富豪となったアンドリュー・カーネギーは全国に1700もの公共図書館を設立するための資金を提供した。しかしこれらの図書館は白人のみが利用できるものであったため、公民権運動においては多くの公共図書館で図書カード登録を求める黒人たちによる座り込みなどの抗議行動の舞台にもなった。

1980年代に起きたAIDS危機において、ニューヨークの公共図書館はスティグマを恐れてゲイの集まる場所やゲイ男性専用のクリニックに行けない人たちに対してAIDS/HIVの情報を提供したし、9/11同時多発テロ事件やニューオーリンズで起きたハリケーン・カトリーナの大災害などでは公共図書館がコミュニティセンターとして機能した。ときには政治に参加するための投票所として、コロナウイルスなど公衆衛生情報を拡散する施設として、子どもに絵本を読み聞かせてくれたりコンピュータやコピー機にアクセスできる場として、コミュニティが集会をするスペースとして、公共図書館はほかの多くの政府機関より密接に人々の生活に繋がっている。

しかし精神・知的障害者への支援の不足や貧困の拡大、ジェントリフィケーションなどを背景としたホームレス人口の増加により、多くの地域において図書館は人々が人間的な扱いを受ける最後の砦になっている。誰も拒まず、空調がの効いていて熱くも寒くもない空間、清潔なトイレ、無償でインターネットに繋がれるコンピュータや自分のデバイスを充電できるコンセントなどいたれりつくせりの公共図書館は、自然とホームレスの人たちが日中過ごすことができる場になる。とともに、トイレの個室で麻薬を使用してオーバードーズになったり手洗い場で髪を洗おうとして洪水を起こす、全財産を入れた大きなカバンを持ち歩くので他の利用者の邪魔になる、不衛生だったり異臭を放つ、精神疾患などが原因で他の利用者やスタッフを怒鳴ったり脅したりする、などの問題も多発。ほかの利用者からは「安心して子どもを連れていけない」と苦情が来るだけでなく、図書館の職員にとっても「自分はこんな仕事をやるために司書の資格を取ったのではなかった」という状況に。

図書館で働く人たちも、できることなら(そしてかれらが望むなら)かれらを薬物治療や住居などの支援団体に繋げてあげたい、と思うものの、十分な支援が存在しないからこそかれらは図書館に漂着している。どうにかしてほしい、と組織の上のほうにかけあっても、せいぜい図書館スタッフがホームレスの人たちの問題行動に対応しなくていいように警察官が送り込まれるだけで、なんの解決にもなっていないのは明らか。心身両面の安全を脅かされるだけでなく、自分の力ではどうにもならない社会的な不公正や理不尽に日常的に接するなか、図書館職員たちは心をすり減らしPTSDや鬱の状態になっていく。公共図書館は支援を必要としている人たちの「最後の砦」だというけれど、社会の矛盾や政府の不作為のしわ寄せの終着点になっているというだけであり、実際に支援するためのリソースや専門性を持っているわけではない。近年、一部の図書館においてソーシャルワーカーが雇用されているが、十分な住居や薬物治療が提供されていないのにソーシャルワーカーだけがいても支援には行き着かない。

公共図書館の職員たちが目の当たりにしている問題は図書館が解決できるようなものではなく、より大きな政府やコミュニティの取り組みが必要だけれど、どのような取り組みであってもその最先端において公共図書館が果たす役割は重要になりそう。わたし個人も図書館が大好きだし、図書館の職員さんたちにはいつも感謝の気持ちしかないのだけれど、かれらに過剰な責任を追わせたり過大な期待を寄せてはいけない、かれらが気持ちよく仕事できるようにするためにも社会全体が責任をもって貧困や薬物依存などの問題と向き合わないといけないなと思った。