Alexander Guerrero著「Lottocracy: Democracy Without Elections」

Lottocracy

Alexander Guerrero著「Lottocracy: Democracy Without Elections

哲学者が選挙ではなく抽選(くじ)による代議員の選出を通した民主主義の実現について論じる本。意外かどうかは人によるかもだけど、めっちゃ説得力がある。めっちゃ長いけど。

本書は大きく現行の選挙民主主義のさまざまな欠点を指摘する第一部と、著者が考える抽選民主主義のあり方を展開しそれが選挙民主主義に対してどれだけ優勢か主張する第二部に分かれる。第一部の議論は多くの人が民主主義の機能不全を実感していることから分かるように広く共有された認識が多く含まれるが、選挙で選ばれる代議員たちの背景が(アメリカでは)裕福な白人男性、とくに弁護士や退役軍人に偏っていて国民一般を代表していないことや、ジェリマンダーされた小選挙区に基づいた選挙制度が人々の意思を反映しないこと、政治献金を通して代議員たちが特定の業界などに買収されていること、政治的に偏っていたり視聴者を煽ることで注目を集めようとする(ソーシャルメディアを含む)メディアの影響、複雑な社会において有権者たちがあらゆる問題について判断するための十分知識を得たうえで短期的・長期的な視野をバランスよく持って投票することのありえなさなど、さまざまな問題があげられる。

それに対して著者が主張する抽選民主主義では、まず政府が扱うさまざまな問題を農業・教育・健康など20ほどの分野に分類して、それぞれについて論議する議会を設立し、十分な人数の市民を全国から抽選で代議員に選出する。かれらはそれぞれ三年の任期で任命され、一年ごとに三分の一を入れ替える。分野議会に招集された代議員たちはまず分野の専門家たちによる講義を受けてその分野について詳しく学び、さらにさまざまな法案の推進、あるいは反対を主張する利害関係者や市民団体などの意見を聞き、そのうえで議会において実際の法案の審議・採決を行う。抽選の対象となるのは誰なのか、分野はどういうものがあるのか、専門家はどのように選出されるのか、複数の分野にまたがる問題はどうするのか、などの点について著者の考えが延々と続くが(これだから哲学者は)、そこはこの際省略。とりあえず、いろいろちゃんと考えてるよと。

とにかく抽選民主主義が魅力的なのは、それぞれの議会の範囲を特定の分野に抑え、専門家だけでなく利害関係者や市民団体の意見の聞き取りを行うことで、その分野についてであればまともに政策論議ができるような代議員を育成し、かれらに次の選挙のことを考えずに本心から良いと思ったことを実行に移してもらえること。もちろん中には個人の利益や偏見のためにおかしな判断をする人もいるだろうけれども、大多数の人たちがそれぞれの良心に基づいて行動し、また代議員たちが本当に国民を平等に代表しているのであれば、大きな問題は起きない。特定の業界が賄賂を送るなどして影響を及ぼそうとしても、三年で退任する代議員を買収しても効率が悪いし、当然それは厳しく禁止されるので、長期的に持ちつ持たれつの関係を維持できる現行制度と比べてリスクもコストも高い。このように抽選民主主義は、選挙の存在によって歪んだ民主制度の本来の目的を蘇らせる手段として説得力がある。

妊娠中絶のように世論に激しい分断が存在する問題はどうなるのか、人種問題のように人口的にマジョリティとマイノリティの力の差がある問題でマイノリティの意見が十分に代表されないのでは、専門家からのレクチャーを受けたからといって一般市民が難しい問題について専門的な判断を下すことができるのか、といったさまざまな疑問に対して著者は、抽選民主主義が少なくとも現行の選挙民主主義より状況を悪化させることはないこと、そして劇的に改善する可能性があることを次々と指摘していき、その主張は鮮やか。著者が主張するような実際の決定権がある抽選民主主義の実例はないものの、特定の議題について抽選で集められた市民が専門家のレクチャーを受けたうえで何らかの提案を議会に送るという実践は既にさまざまな国で行われており、それらは難しい問題について優れた提案を提示するといった形で実際に成果をあげている。本書が主張する抽選民主主義は、そうした実践をさらに拡大し、抽選によって選ばれた市民による立法を実際に行おうというものだ。

抽選民主主義を実際に導入するうえでは、たとえば現行の議会に並行して新たな抽選議会を設立して最終的な可否は現行議会が行うとか、二院制のうち一つを抽選で選出することにするといった過渡的な実験が考えられるが、著者はこれは民主主義における現行のボトルネックを温存したまま新たなボトルネックを追加して民主主義の機能不全を更に悪化させるとして否定的。それより考えられるのは、より身近な市や町の議会から導入し、次第に拡大していく、という形で、これは実際に選好投票など新たな選挙方式の採用が地方からはじまっている点とも合致している。

選挙が行われれば民主主義という思い込みに対して、人々を本当に代表する議会による間接民主主義を実現する手段の一つとしての抽選民主主義の魅力がよく分かった。それに、これに比べるとMaxwell L. Stearns著「Parliamentary America: The Least Radical Means of Radically Repairing Our Broken Democracy」が主張する議院内閣制っぽい制度への移行などのほかのありえなさそうな改革がむしろ現実的に見えてくる。