Alex Hannaford著「Lost in Austin: The Evolution of an American City」

Lost in Austin

Alex Hannaford著「Lost in Austin: The Evolution of an American City

テキサス州の州都でありながら進歩的な文化と「ライブミュージックの聖地」として人気の街となったオースティンがテクノロジー産業の発展と急激な人口増加・家賃高騰、そして陰謀論や極端な銃規制反対論や排他主義を訴える政治勢力の勃興によりその魅力を失っていった経緯を追った本。著者はイギリス人のジャーナリストで、オースティンが気に入って長年住んでいたが耐えられなくなり転居した人。

オースティンといえば1987年に開始された有名なサウス・バイ・サウスウエスト・フェスティバルが行われており、アメリカで最も人口あたりのライブミュージックが聞ける会場が多い街、として売り込まれてきたが、当初は無名のインディーズ・アーティストが市内各所でパフォーマンスを繰り広げ音楽業界の人たちに発見してもらえるコンベンションだったはずが、最近では大物アーティストたちが多数参加するただの大規模な音楽イベントになってしまっている。人口増加により家賃が高騰すると多くのライブ会場が家賃を払えずに立ち退きせざるをえなくなり、いまではかなり無理してあれもこれもライブ会場だと言い張って「アメリカで一番ライブ会場が多い」という体面を保っているのが現状。

またイーロン・マスクがカリフォルニア州からテキサス州オースティンにテスラ本社の移転を決めたことに象徴されるように、このところカリフォルニア州から多数のテクノロジー企業が緩い規制と安い税金を求めてテキサス州に移転してきており、なかでもオースティンはカリフォルニアで働いていたエンジニアたちも満足できる文化的環境が整っているため人気の移転先。しかし高収入のエンジニアが増えたことによって家賃はさらに上昇した結果、その多様な文化を支えていた黒人やラティーノの住民や、オースティンの文化に貢献してきたアーティストらは次第に街から締め出されていく。

政治面では、オースティンはテキサス大学を中心としたリベラルな風潮のある街だが、テキサス州の州都であるため街の中心にある州議会議事堂や知事公邸では毎年のように妊娠中絶やマイノリティの参政権、トランスジェンダーの人たちに関する酷すぎる法律が次々と成立している。また、極右陰謀論者のアレックス・ジョーンズがトークショーを配信しているのもオースティンであり、さらに陰謀論者らにプラットフォームを提供してヘイトや誤情報を拡散しているポッドキャスターのジョー・ローガンもオースティンに本拠地を置いているし、前述のとおりマスクがテスラをオースティンに移転し影響力を持つようになっており、政治的な空気が変わってきている。

それとは別に、銃所持の権利を絶対視する政治家たちによってあらゆる銃規制が撤廃され、とくに審査や許可を経ずとも誰でもピストルでもアサルトライフルでも買って持ち歩いて良いことになってしまっているし、気候変動の影響で自然災害が起きやすくなっているのに連邦政府の規制を受け付けないためにわざと他の州と接続していない電気網は災害時に脆弱で、停電が起きたときに周囲の州から電力を融通してもらうことができない。イギリス人の著者はとくにテキサスの住民たちの銃に関する考え方がどうしても受け入れられず(個人的な経験だけど、他の外国人や移民にくらべてイギリス人にこの傾向が強いように思える)、長く住んでいた家を売り払って他州に引っ越していった。

実はわたしもオースティンは大好きで、親しい友人が何人かいることもあり、ここのところ数年は毎年春に行ってはバートン・スプリングス・プール(1万2000平方メートルの大きさの自然な泉で、1日に100トンもの水が湧き出ている)で泳いだり、贔屓のラーメン屋さんに行ったりオースティン図書館の屋上のテラスでくつろいだりしてるけど、政治的な状況は確かにイヤすぎるので住みたいとは思えない。シアトルやポートランドに長く住んできたわたしにとって、オースティンはそれらと似た雰囲気の街なんだけど、ジェントリフィケーションや住宅問題で全く同じことが起きているのも残念すぎる。でもバートン・スプリングス・プールは来年も行きたいなあ。