Adam Ratner著「Booster Shots: The Urgent Lessons of Measles and the Uncertain Future of Children’s Health」

Booster Shots

Adam Ratner著「Booster Shots: The Urgent Lessons of Measles and the Uncertain Future of Children’s Health

アメリカ政府の方針変更(めっちゃマイルドに表現した)により大流行の発生が懸念されている「はしか」とそのワクチンについての本。著者は小児科医・医学者。

はしかは根絶が可能な感染症であり、医療が普及した社会においてたった一人の子どももはしかにかかる必要はないはずだ、と著者。感染力が圧倒的に強く流行するときは一気に流行するはしかだが、ワクチンは何十年も前に完成しており、子どものころ二度摂取すればほぼ一生有効。インフルエンザのように変化もしないし人間以外の動物のあいだで流行して進化したうえで再び人間に襲いかかる危険も(現時点で確認されている限り)ない。ワクチンの製造に使われる素材に対するアレルギーがあったりしてワクチン摂取ができない人もごく少数いるけれど、そういう人たちを除いてほとんどの人が摂取さえすれば、仮に海外旅行などで感染する人がいたとしても、はしかは次に感染する人を見つけることができずに収束する。

1990年代まで、ワクチン接種に対する障害は、そのコスト(仮にワクチンそのものを無償にしても、仕事を休んで子どもを医者に連れていくのが難しい親はたくさんいる)やワクチンの重要性が周知されていないことだった。また過去にはしかや天然痘がアメリカ先住民に対するジェノサイドの一端を担いだり、梅毒に感染していた黒人男性にその事実を告げず治療もしないまま長年観察対象にしたタスキギー実験などの歴史から、先住民や黒人たちのあいだでは公衆衛生行政に対する不審があったため、裕福な白人のコミュニティほどワクチン摂取が進みはしかの流行から守られているという不平等な状況が生まれていた。

それを変化させたのは、はしかワクチンを含む三種混合ワクチンの弊害を不正な研究をもとにセンセーショナルに訴えたアンドリュー・ウェイクフィールド医師(当時)やその説を支持し大々的に宣伝した政界進出前のドナルド・トランプ(現大統領)やロバート・ケネディ・ジュニア(現保健福祉長官)ら著名人たち。かれらが郊外の裕福な白人の親たちにワクチンのありえない弊害を宣伝したことでワクチンに対する拒否感が(もともと公衆衛生行政を疑う歴史的な理由を持たないはずの)白人たちのあいだにも広まった。それをさらに悪化させたのが、2020年以降のコロナウイルス・パンデミックにおいてワクチンが政治化され、ビル・ゲイツやアンソニー・ファウチ医師が人々の体内にマイクロチップを埋めようとしているといった荒唐無稽な陰謀論からワクチン強制は人権侵害だという権利主張までさまざまな形でワクチン全体に対する抵抗が広まった。

そして現在、ワクチン否定論者が大統領と保健福祉長官となり、ワクチン摂取を勧めるためのプログラムだけでなく、感染症に対する基礎的な研究や感染症の流行をモニターする疫学調査まで予算を削られ停止に追い込まれている。著者はそれでも公衆衛生は支持を回復できるという希望を抱いており、ワクチンだけでなく科学的に正しい情報のブースター注射の展開を訴える。しかし、コロナであれだけ多くの人たちが亡くなったのにトランプやRFKジュニアを支持する人がこれだけいることを思うと、いったいどれだけの犠牲を払えば大多数のアメリカ人が目が覚ますことになるんだろうか。