Marci Shore著「The Ukrainian Night: An Intimate History of Revolution」

The Ukrainian Night

Marci Shore著「The Ukrainian Night: An Intimate History of Revolution

ウクライナで2013-14年に起きたマイダン革命(尊厳革命)に参加した一般市民たちの経験を綴った本。著者は中欧・東欧史を専門とするイェール大学の歴史学者。2013年、親ロシア派のヤヌコヴィッチ大統領が仮合意が済み正式調印の日時まで決定されていたEUとの政治・貿易協定への調印を見送るとマイダン広場で野党や親ヨーロッパ派の市民による抗議活動が起き、武力鎮圧により多数の犠牲者が出たものの、最終的にヤヌコヴィッチはロシアに亡命。直後にロシアがウクライナ領だったクリミアを一方的に割譲し、さらに「ネオナチによる新政権からロシア語話者を守る」という口実でウクライナ東部に派兵してドンバス地方のウクライナからの分離独立を画策する。

本書が伝えようとするのは、ウクライナ(の、特にキーウ周辺)にいる著者の知人やその他の一般の人たち––民族的にはウクライナ人、ロシア人、ユダヤ人、ポーランド人などさまざまで、母語も多様––がなにを思ってマイダン革命に参加したのか、そこでなにを感じ、経験したのか、という生きた歴史だ。ウクライナは自ら立ち上がることなく棚ぼた式にソ連からの独立を与えられるも、2004年には選挙不正に対する大々的な抗議活動(オレンジ革命)によって当時のヤヌコヴィッチ首相を引きずり下ろすことに成功した。しかし再選挙が行われ親ヨーロッパ派のユシチェンコが当選すると市民の関心は薄れ、腐敗と内部対立によって新政権は失速、結局ヤヌコヴィッチに大統領の座を奪還される。のちにマイダン革命に参加した人たちの多くは、オレンジ革命の失敗から「悪い指導者を倒して良い指導者に入れ替えて終わりにするのではなく、市民が継続的に政治に関わる必要がある」ということを学んだと語っている。

マイダン革命において民族や背景の違いを乗り越えて一体感のあるコミュニティを作った結果、いつしか危険を恐れなくなるほどの連帯感と高揚を感じたという臨場感のある話も複数の参加者の証言も興味深い。めったにないことだし、やっぱりみんな命は大切にしてほしいと思うのだけれど、運動のなかでそういう瞬間はたしかにある。と同時に幼い子どもがいるなどの理由でその場に行けなかった人たちの罪悪感や、それを埋め合わせようと革命後の市民社会にコミットしようとする声も紹介されている。ロシアはマイダン革命を叩こうと「あいつらはファシストでゲイでユダヤ人だ」というわけのわからない宣伝を広め、その証拠として役者を雇っていかにもな「ファシストゲイ」のカリカチュアみたいな集団をでっち上げたりしたけど、ホモフォビックな社会のなかでおおっぴらにゲイであることを公言できない当事者のためのホットラインがその設備をマイダン広場で活動している人たちのために提供するみたいな形で本物のゲイたちが革命に参加した話も。

本書の後半は革命後のドンバス地方で起きたロシア軍の侵略と分離独立をめぐる騒動について書かれている。現地ではロシアのメディアの影響が強く、派兵されてきたウクライナ軍の兵士や民兵に対して一般市民が「キエフではファシスト政権が生まれ、ドンバスの子どもたちがウクライナ政府のファシストたちによって虐殺されている」と詰め寄った。マイダン革命に参加した若者にも、ドンバスに住んでいる家族や親族がマイダン革命についておかしなことを信じ込んでしまっていて話を聞いてくれないとか、絶縁されたという例も。ドンバス地方はソ連時代には重工業地帯として影響力を持っていたけれども、冷戦終結により国際競争に晒されたことで荒廃が進み、また西部にあるウクライナ政府からも半ば見放され、ロシアによる介入以前から地域ごとの有力者が勝手に税金を取り立てるみたいな状態が放置され、新しい民主的なウクライナに統合されることがなかった。ロシアが武力介入していい理由にはならないけど、地元の人が「安定させてくれれば誰でもいい」と思っても仕方がないなあとも思う。国際競争により重工業が衰退し没落した中西部の白人労働者がロシアの情報操作の影響もあり大挙してトランプに投票したアメリカの状況とも似ている。

本書は2017年に書かれた本だけれど、ウクライナの人たちが世界の予想を裏切ってロシアの侵略に効果的な抵抗を続けていることをふくめ、現在進行中のロシアによる侵略戦争の背景についてまた少し学べたと思う。あと、欧米の一部の右翼や左翼が「ウクライナのオレンジ革命やマイダン革命はジョージ・ソロスやCIAによる陰謀」的なことを言っているけど、まあソロスやアメリカ政府が旧ソ連や東欧の民主化勢力を支援しているというのは事実だとしても、Serhy Yekelchyk著「Ukraine (What Everyone Needs to Know)」にも書かれている通りそれだけで説明することはできないと思うし、マイダン革命に参加した一般のウクライナの人たちの気持ちを軽視しすぎているように思う。

追記:邦訳「ウクライナの夜:革命と侵攻の現代史」2022年6月刊