Tourmaline著「Marsha: The Joy and Defiance of Marsha P. Johnson」

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Tourmaline著「Marsha: The Joy and Defiance of Marsha P. Johnson

ゲイ・プライドの起源となったストーンウォール暴動で重要な役割を果たしたほか活動家・アーティストとして生涯を過ごした黒人トランス女性マーシャ・P・ジョンソンの伝記。著者はマーシャの没後彼女が暮らしたニューヨークに出てきて同じく活動家・アーティストとして活躍している著名な黒人トランス女性。

本書はトランスジェンダーやゲイには理解がなかったがそれでもマーシャを愛していた家族のもと育った幼少期の話にはじまり、タイムズスクエアの路上でセックスワークをして生活していたマーシャ、ストーンウォールのあの歴史的な事件に立ち会いゲイ解放運動に火をつけた一人なのに、セックスワーカーやトランスジェンダー、ドラァグの存在やホームレスだったり精神疾患のある人たちの存在が「まっとうな」ゲイたちの権利獲得の邪魔になると考えたゲイ運動によって追放されたマーシャ、ブラック・パンサー党など当時の革命運動の影響を受け、盟友シルヴィア・リヴェラとともに帰る場所のない若いトランスジェンダーの子たちのためのシェアハウスを設立・運営したマーシャ、アンディ・ウォーホルやスティーヴィー・ワンダーらとも交流のあったアーティストやファッションリーダーとしてのマーシャ、AIDSを発症した友人やパートナーをケアしACT-UPにも関わったマーシャなど、彼女の人生のさまざまな側面を章ごとに取り上げていく。

残されているマーシャのインタビューには、彼女が日々の暴力に疲れ果て精神疾患に苦しんでいた時期のものもあり、それを根拠にストーンウォール暴動での彼女の役割や彼女の歴史的な影響力を過小評価しようとする(多くは「まっとうな」ゲイの)ジャーナリストや歴史家たちもいる。本質とは関係ない部分での証言の矛盾や証拠の不完全性を口実に彼女の功績を低く見積もろうとする人たちに対して著者は、ディスアビリティ・ジャスティスの視点を持ち込み、不確かで矛盾した証言のなかからそのエッセンスを汲み取ろうとする。たとえばインタビューによってストーンウォール暴動が起きた日時についてマーシャの証言に食い違いがあっても、そのとき流れていた音楽や誕生日の記憶との繋がり、そのとき感じた気持ちなど、一貫して彼女が語っていることにこそ著者は彼女が経験したストーンウォールの本質を見出す。

オードリー・ロードの伝記「Survival Is a Promise: The Eternal Life of Audre Lorde」(Alexis Pauline Gumbs著)を読んだときにも思ったけれども、マーシャにしてもオードリーにしてもわたしは彼女たちが存命のうちに出会うことができず、のちにレジェンドとして彼女たちのことを学んだので、彼女たちの最も有名な行動や発言に勇気づけられ彼女たちをヒーロー的に尊敬するいっぽう、彼女たちが生きているうちに経験した日常のさまざまな苦しみや挫折についてはあまり考えないできた。本書や「Survival Is a Promise」は彼女たちがはじめからレジェンドだったわけでなく、一人の生身の人間として生きた人であることを思い出すきっかけになる。

最後には2020年にブルックリンで行われ主催者すら驚くほどの参加者を集めた「ブラック・トランス・ライヴズ・マター」マーチや、「The Risk It Takes to Bloom: On Life and Liberation」著者のRaquel Willisさんら若い世代の黒人トランス女性活動家たちに触れ、マーシャがレジェンドとして今も多くの人々をインスパイアし続けていることが示される。やっぱりマーシャが生きているうちに会いたかったという気持ちは残るけど、それと同時に、今わたしと同じ時間を生きてわたしをインスパイアしてくれる人たちをもっと大切にしたいと思った。