W. David Marx著「Blank Space: A Cultural History of the Twenty-First Century」

Blank Space

W. David Marx著「Blank Space: A Cultural History of the Twenty-First Century

いつのまにかもう1/4が終わってしまった21世紀のこれまでを振り返り、今世紀のポップ・カルチャーが創造性を欠いた「大きな空白」となってしまったと指摘する本。

このところ、目先のクリックやインプレッションを追った結果、音楽や映画などが同じパターンの反復ばかりに席巻され、オリジナリティのある創作が行われなくなった、行われたとしても誰にも知られることなく埋もれるようになった、という現象がソーシャルメディアやショート動画のプラットフォームの弊害として語られることが多いが、著者はカルチャーの空洞化はプラットフォームの台頭より先にはじまっていたことを指摘する。それは1990年代まではあったカウンター・カルチャー的な倫理、すなわち商業的なセルアウトに反発するアーティストやそのファンたちに支えられた文化的な土壌がネオリベラリズムによって取り壊され、内容は方法を問わずとにかく売れたほうが偉い、正しい、とする価値観によって置き換わられたことに原因があるという。

「金儲けは正義だ」という考え方はもちろん以前からビジネスの世界にはあったし、大手資本によるゴリ押しで売れたアーティストもいたけれど、21世紀のカルチャーではそれが全面化し、テクノロジー・プラットフォームや暗号通貨で稼いだ人が尊敬されるように。カウンター・カルチャー的な倫理はエリート主義的だとして否定され、強者が好き勝手にふるまうことが当然とされる。また動画サイトやストリーミングサイトにおける収益化などによって大手業者に所属せずとも同じ市場に乗ることが可能になった結果、逆説的にそれ以外の手法で人気を得る方法が失われた。インプレッションを増やすことを目的に同じパターンの反復を行うだけなら人間が製作する必要すらなく、最近ではSpotifyで見られるように生成AIによって作られた音楽や映像が人間の作るそれらを駆逐しはじめている。

本書は21世紀を2001年から2008年(同時多発テロから金融危機)、2009年から2015年(オバマ時代)、2016年から2019年(第一次トランプ時代)、2020年から2025年(コロナウイルス・パンデミックからトランプ再選)というとても納得できる区分に分け、それぞれの時代にどういうカルチャーが人気を得たか、その背景とともに振り返っている。個人的に「ああー、あれあった!」と懐かしい話がたくさんでてきて、こういう歴史をちゃんとまとめてくれてて助かるなあと思ったとともに、2000年代前半には(Danger MouseがビートルズのホワイトアルバムとJay-Zのブラックアルバムをマッシュアップした「グレイアルバム」とか)まだアートとビジネスが対抗できていたのに、テクノロジー・プラットフォームを民主化のツールとして野放しに称賛してしまったオバマ時代があとからみると決定的だったなあと。

わたしは以前読もうと思っていて読みそこねているけど著者には「Ametora: How Japan Saved American Style」という著作があるけれど、この本はアメリカン・ファッションが日本にどのように導入され、保存され、そしてアメリカに逆輸入されてきたかという文化史を追った内容。アジア各地に住んだことがある著者は日本や韓国のポップ・カルチャーについての知識も豊富で、ところどころそれらの影響についても本書で触れられていて驚かされることもあった。