Roger Ver著「Hijacking Bitcoin: The Hidden History of BTC」
ビットコインの初期投資家の一人でビットコインを積極的に宣伝したことで「ビットコイン・ジーザス(イエス)」というあだ名が付けられ、そしてその後ビットコインから分派したビットコイン・キャッシュを支持したことで「ビットコイン・ジューダス(ユダ)」と呼ばれた著者が、ビットコイン業界がビットコインの本来の目的を見失っていると告発する本。
ちなみに著者はセントクリストファー・ネイヴィスの国籍を買って(富裕層による国籍買収についてはKristin Surak著「The Golden Passport: Global Mobility for Millionaires」参照)アメリカ国籍を放棄したけれど、その際資産を過小に報告したとして2024年4月にアメリカ国税庁によって脱税の罪に問われている。のに本書ではそのことに一切触れられていない…と思ったら、本書が発売されたのも同じ4月だった。
著者の主張は明確。ビットコインは分散化され政府や中央銀行の支配を受けない自由な金銭のやり取りの手段であるべきで、銀行口座を持っていなかったり安定した通貨がある地域に住んでいない人たちを含む世界中の人たちが日常的に使えるものであるべきだと。日常的な金銭のやり取りに使うためには、支払いが迅速に行われ手数料が安価であることが必須だが、ビットコインには同時に処理できる支払いの上限があり、それを超えるやり取りを行おうとすると数日にも及ぶ遅延が生じたり、手数料が極端に高騰することがある。本来この上限はネットワークの拡大とともに増やすことが前提とされていたが、ビットコインを日常的なやり取りの手段としてではなく財産価値を保存(蓄蔵)する手段だと考えていてフィアット(法定通貨)経済への合流を通したビットコインの価格上昇や市場拡大ばかりを追い求める一部の人たちによってビットコインは乗っ取られ、必要なアップデートは阻止された、と著者。
この他の側面でもビットコインの現状は著者がビットコインを支持していた理由からかけ離れてしまっており、だから著者はビットコインのこうした問題を解決するために分裂させたビットコイン・キャッシュを支持している。著者のヴィジョンは理解できるし、それが現状のビットコインやその他の暗号資産の在り方に比べて魅力的なのもわかるけれど、わたしはふつーに税金も政府の規制も必要だと思うし、インフレをとにかく悪様に言い実質的にデフレを奨励するのは、最小国家を目指す過激なリバタリアンの価値観に共感できなければ納得できない。てゆーか最小国家を民主的に選ぶならともかく、技術的手段によって押し付けようとしてたら、そりゃ現行の政府によって潰されるか、フィアット経済に取り込まれて著者が求めるような理想とは異なる未来にしかならないでしょ。連邦国税庁の人、がんばってこの人から税金ちゃんと取ってください。