Jeff Rauseo著「Lost in the Stream: How Algorithms Redefined the Way Movies Are Made and Watched」

Lost in the Stream

Jeff Rauseo著「Lost in the Stream: How Algorithms Redefined the Way Movies Are Made and Watched

熱狂的な映画ファンであり、映画についての発信で100万人近くのフォロワーを持つ著者が、製作と視聴の両面からアルゴリズムによって歪められた映画市場のなか、アルゴリズムによって推奨されていない過去の名作や国内外のインディーズ映画などを見つけて楽しむための方法を語る本。

多数のストリーミングサイトやソーシャルメディア、ショート動画サイトなどが乱立し、それぞれがユーザの注目を引きつけよう、少しでも長く利用させようとアルゴリズムを駆使して働きかけるなか、映画の分野でも既に形作られた視聴者層に向けた、過去のヒット作品の続編や焼き直しばかりが作られ、それがアルゴリズムによってゴリ押しされている。その結果、挑戦的な作品は作られなくなり、作られたとしても注目を集めることができないまま埋もれてしまう…というのは、ポップ・カルチャー全般についてW. David Marx著「Blank Space: A Cultural History of the Twenty-First Century」が訴えていたことと同じ。

21世紀の文化史として客観的な記述が多かった「Blank Space」に対し本書では、著者があくまで一人の映画ファンとして、もっと自分が知らない映画と出会いたい、自分でも気づかなかった趣味や嗜好を刺激されたい、という欲望を全面に押し出し、アルゴリズムに支配されない映画視聴の方法を、そのアルゴリズムによって支配されたソーシャルメディアでインフルエンサーとして主張している、という本人も自覚しているように一見矛盾した姿勢にある。悪いのはアルゴリズムの全てではない、視聴者の楽しみや豊かな生活のためではなくプラットフォーム企業やコンテンツ企業——これらは同一化しつつある——の短期的な利益のために最適化されたアルゴリズムが悪いのだ、という考えがそこにある。

たとえば各地の公立図書館のカードを持っている人なら無料で多数の映画を見ることができるサービスでもアルゴリズムを使ったレコメンデーションのシステムはあるが、それはエンゲージメントを最大化するための設計になっていない分、より多様な映画の存在に触れる機会がある。数ある映画サイトのなかでも、映画好きが集まり個々のユーザが作ったお勧めリストが見られるサイトのほうが一般的なソーシャルメディアより多様な時代・製作国・ジャンルの映画と出会うことができる、など。また著者は、映画好きならストリーミングでいつでも視聴をはじめられいつでも止められる映画を見るのではなく、VHSテープやDVDなど物理的なメディアで過去の名作を集めたり、個々の映画にお金を払ってハードドライブにダウンロードして観るといった具合に、手間暇をかけることがより深く映画を体験することに必要だとも言う。

かつてどの街にもあった独立系の映画館やビデオレンタル店についての著者の描写はかなりノスタルジーで脚色されている気がする(少なくともわたしは著者が言っているような濃密な経験を地元のビデオレンタル店でしたことはないし、正直、どれだけ映画通だったとしても店員さんとそんなに濃密なコミュニケーションを取るのは嫌)けど、映画館の衰退とビデオレンタルの滅亡はたしかにアルゴリズムによってゴリ押しされていない多種多様な映画との偶発的な出会いを激減させた。まあ、わたしの場合は映画ではなく本のファンで、アメリカ各地の10を超える公立図書館に入荷されたノンフィクションの新刊を全てチェックするという無茶苦茶なことをやっているのでそれなりに多様な本とは出会っている(読んでいるわけではない)気がするけど、図書館に入荷されないようなマイナーな本、全国的に流通されないような地方の小規模な出版社や団体の本などについてはもっとアンテナを張っていたいな、とは思った。