Philip Oltermann著「The Stasi Poetry Circle: The Creative Writing Class that Tried to Win the Cold War」

The Stasi Poetry Circle

Philip Oltermann著「The Stasi Poetry Circle: The Creative Writing Class that Tried to Win the Cold War

東ドイツの悪名高い秘密警察シュタージが、ベルリンの壁が設置された1960年代から壁が崩壊した1989年まで毎月続けていたポエトリー・サークル(詩の朗読・勉強会)についての本。これだけでもうなにかのコメディの題材みたいでおもしろいけど、シュタージは超真面目に軍事や経済だけでなく文化でも社会主義が優位であることを示そうと有名な詩人を招いて会を主催させ、秘密警察の職員などが毎月集まって詩を読みあい、評価しあう活動が30年以上続いた。

シュタージのもともとの狙いは社会主義リアリズムに基づいた詩を書かせて士気を上げるとともに社会主義の素晴らしさを宣伝することだったわけだけど、アートに目覚めてしまった参加者たちの作品はそういった本来の目的を逸脱し、政府に対する批判や自由を求める声もでてくる。これが政治的な声明や論文ならすぐ弾圧されるところだけれど、メタファーを使った詩の形で発表することにより、検閲官にもすぐには詩の意図するところが理解できなかったり。詩の内容について「これはなんのたとえなのか」と詰問する検閲官とそれを誤魔化そうとする秘密警察の若い職員のやり取りとか、やっぱりコメディっぽいけど本人たちは社会主義の存続と個人の命がかかった真面目な話。

ベルリンの壁崩壊、そしてドイツ再統一を経て、シュタージは解体され、元エージェントたちは批判を恐れて隠れることに。ポエトリーサークルを主催していた詩人も生徒の詩の内容を当局に報告していたことでメディアで取り上げられるなど批判された。この本はポエトリーサークルの関係者が出版していた詩集やのちに発見されたシュタージの資料などをもとにサークルに参加していた元メンバーたちを探し出しインタビューした力作。冷戦史のあまり知られていない一面としても、またアートの可能性や限界についての本としてもおもしろかった。