Peter Schwartzstein著「The Heat and the Fury: On the Frontlines of Climate Violence」
気候変動による紛争や暴力の危険が世界中で増すなか、すでにそうした紛争や暴力が頻発している最前線からその状況を伝える2024年の本。
イラク、バングラデシュ、エジプト、エチオピア、ネパール、ヨルダン、スーダンなどそれぞれの国で深刻化する干ばつや洪水、農地の喪失などが、政府への信頼を消滅させ、仕事にあぶれた人たちを兵士として雇うイスラム国(ISIL)をはじめとする武装勢力や海賊などの暗躍を招き、社会を不安定化させ、またドメスティック・バイオレンスをはじめとする日常的な暴力犯罪も深刻化させている様子を一通り提示したうえで、本書はさらに先進国における影響を分析する。
先進国でも気候変動によって一般的になりつつある異常に高い気温とドメスティック・バイオレンスを含む暴力犯罪の関連は確認されているが、問題はそれだけではない。シリア内戦による難民の流入をきっかけにヨーロッパ各国で右翼勢力が急激に力を得たことから分かるように、その何倍・何十倍もの気候変動難民が先進国に逃げ込もうとすると、その先進国はより強権的で暴力的行為に躊躇のない政権を続々と生み出すおそれが強い。トランプ大統領がパナマ運河の軍事的な再接収を目論むのも、経済的にも軍事的にも重要なパナマ運河の水量が年々気候変動により減少しつつあり、通行量の制限と通行料金の値上げが迫っていることと無関係ではない。
しかし絶望するには早いと著者は訴える。環境の危機は人々の対立を深めることも多いが、一定の条件のもとでは共通の課題のもとに人々が連帯し、協力関係を結ぶきっかけにもなるからだ。その例として著者は1994年にヨルダンとイスラエルが和平を結んだ際、二国とパレスチナ解放同盟が協調して貴重な水資源の活用についてお互いにとって利益となる協定を結んだことを挙げる。けどまあ、そのパレスチナがいまどうなっているかを考えると、きっかけはきっかけでしかなく、どういう状況を作ればそれが活かせるようになるのか分からない。しかし国家レベルの協力関係は難しくても、より小さいレベルのローカルな試みにおいては成功しているものも多いとして、長く土地の利用をめぐって争ってきたセネガル北部の農耕部族と放牧部族が気候変動により土地がどちらの用途にも使えなくなる危機に直面し、国際支援団体の援助も受けて協力関係を築いた例を挙げる。うん、それは期待したい。でも気候変動そのものはどうにもならないんだろうか。