Paige Maylott著「My Body Is Distant: A Memoir」

My Body Is Distant

Paige Maylott著「My Body Is Distant: A Memoir

初期のテキストベースアドベンチャーゲーム「Zork」や2000年代初頭に注目を集めた仮想世界「セカンドライフ」に熱中したトランス女性のナード(オタク)が、大腸がんとの闘病やカミングアウト直後の解雇、男性として結婚したパートナーとの別離や裁判などの困難を経て自分らしく生きようとする自叙伝。

著者は今でいうメタバースのはしりと言える「セカンドライフ」の中でセクシーなメスのウサギのアバターを操作するファーリー(日本でいうケモナー)で、性的対象は女性だったのでセカンドライフ内のレズビアンが集まるスペースにボイスチェンジャーを使って参加していたが、あるとき猫のアバターを使っている男性に誘われ、ネット内での恋愛に発展する。セカンドライフ内での結婚を申し込まれて「自分は男性だけれどいいのか」と聞いた著者にその男性が「自分はトランス女性と付き合ったこともあるし大丈夫」と答えたことをきっかけに、著者は自分はファンタジーの中だけではなく実生活でも女性として生きたかったことを自覚する。しかしインターネットを通した匿名の相手とのネットセックスは許容すると言っていた著者の当時のガールフレンドは、セカンドライフで男性とマジ恋して結婚式まで行った著者に裏切られたと感じ、大喧嘩に。著者は自分が女性として生きることは現実的ではないと断念し、男性として彼女と誠実に生きようと実生活での結婚をしたものの、セカンドライフで出会った男性との関係も諦めきれなかった。

ガールフレンドとの結婚を決意したときの悩みの内容は、大腸がんの治療を受けている自分の世話をしてくれる彼女を失うわけにはいかないとか、自分が女性として生きようとしても失業して生活できないのではないかといった自己中心的なものばかりだし、自分は男性として生きる、セカンドライフで出会った男性との関係も解消すると宣言しながらそうできなかったのに別離の理由を妻の責任にしようとしている感じだったりして、正直ちょっと嫌な感じがするのだけれど、若いうちにトランス女性としてカミングアウトするどころか自覚する機会を得られず、仮想世界を中心に生きるしかなかったという著者の事情は理解できなくもない。で、離婚してセカンドライフで出会った男性とリアルで初めて会うためにテキサスに向かうのだけれど、実際に会ってみたらボイスチェンジャーは使えないし、自分の見た目は普通に男性だしで、相手もそれは分かっていたけどやっぱり思っていたのとは違う感じになったし、セックスしようとしてみたら体が痛むし疲れるしでセカンドライフでやっていたみたいにうまくいかなかったりと、リアルうぜえって感じになって少し笑った。

最終的に著者が女性として生きることを決心したのは、トランスジェンダーであることが会社で知られた直後に解雇され、給料一年分の退職金を渡されたとき。シス男性ではなくトランス女性として再就職活動をするのは困難なことは分かっていたけれども、逆にこのタイミングを逃したらいつトランジションできるのか分からないという思いから、ついに実行する。で、性別再判定手術を受けたあと、テキサスの男性とも結局別れて、また別の女性と付き合いだして今度こそセカンドライフをアンインストールするところで本書は終わるのだけれど、読者としていまいち信用できないでいる。

先に読んだAmy Schneider著「In the Form of a Question: The Joys and Rewards of a Curious Life」と同じく、成人のシス男性として就職・結婚したあとトランス女性であることを自覚してトランジションした、ある意味古いタイプのトランス女性本。というか一昔前はトランス女性の本と言えばこういうのがスタンダードだったけど、近年さまざまなパターンのストーリーが増えてきたということか。