Nicole Bedera著「On the Wrong Side: How Universities Protect Perpetrators and Betray Survivors of Sexual Violence」
アメリカの大学キャンパスにおいて性差別やセクハラ、性暴力などの報告を受け付け対処するタイトルIX室(教育における性差別禁止を定めた法律から取られている)が性暴力の訴えにどう対応しているかという実態についての研究書。
本書は当時ミシガン大学で社会学を専攻する大学院生だった著者が、ある別の公立大学に一年間滞在し、その大学のタイトルIX室の資料へのアクセスを与えられるとともに、タイトルIX室スタッフやその他の大学職員、性暴力の被害を訴えでた学生、さらには加害者として名指しされた学生らに多数のインタビューを行うという、奇跡のような博士論文研究を元にしている。どのようにしてそんな研究を認めさせたのか、そして法的な影響やサバイバーへの精神的なダメージを防ぐためにどのような配慮を行ったのか、どのような手法でインタビューしたのかといった話は巻末の付記において説明されており、ものすごい苦労と苦難がしのばれる。
タイトルIX室はキャンパス内で性暴力やドメスティック・バイオレンスなどの訴えがあったとき、被害者の告発を受け付け、調査を行い、被害者が教育を受ける機会を守るための措置を取るために各大学に設置されている。男性権利運動など右派勢力のあいだでは、タイトルIX室は自称被害者の言い分を鵜呑みにして無実の男性を迫害しているという批判がかねてからあり、トランプ政権では加害者として名指しされた側を圧倒的に有利にするような政策変更がなされたが、実際のところ加害者とされた側が停学や退学といった重大な処分を受けたケースは全体の1%にも満たない。精神的ショックを受けたからレポートの提出期限を遅らせてほしい、同じクラスに加害者がいるので来学期取り直させて欲しい、といった要望は比較的通りやすいものの、たとえば加害者に特定のクラブに参加するなというような、加害者の行動を制限するような処分に至ることはめったにない。
そもそも大学当局は、大学の評判に響くことを恐れ、性暴力の存在をできる限り隠しておきたいという動機を持っているが、しかし法律上、タイトルIX室に正式の提出された告発の件数は報告しなければならない。そこで大学は、できるだけ件数とカウントされないように、被害を受けた学生を正式の告発とは異なるプロセスに導こうとする。たとえばタイトルIX室のサイトには「性暴力を報告する」というフォームがあるが、そこに書き込んだことはただの「報告」であり正式な告発ではないので、そういう報告があったと内部に記録されるだけ。また被害者が相談に来たとき、公式なプロセスを使うと加害者として名指しされた相手に連絡が行くし時間もかかる、面倒なやり取りも多いので、非公式のプロセスにしないかと勧めてくる。非公式なプロセスでは加害者と名指しされた人に不利になるような措置や、加害者が処罰されたと感じるような措置は行われないが、公式のプロセスと非公式のプロセスがどう違うのか十分に説明されず、よく分からないからとりあえず非公式でやってみようとか、両方同時に申請しようとした被害者は、「非公式プロセスを使う」ことに同意したことにされてしまい、あとから変更するのは難しい。そんな制限はないのに「問題が起きてから時間が立ちすぎた」と門前払いされた例もある。調査がはじまっても、加害者とされた側が上級生だったら調査を長引かせて卒業させてしまい、結論を出さないまま調査を終了させたりもする。
調査に際して学生に行動制限を設けたりプライバシーを開示させたりする場合、被害を訴えた側と加害を告発された側を対等に扱わなければいけない、というトランプ政権によって作られたルールも問題。たとえば意図せざる鉢合わせを避けるために加害者のクラスや課外活動のスケジュールを被害者に開示するには、被害者のスケジュールも加害者に渡さなければいけなかったり、加害者が周囲に被害者についての話をするのを止めさせるには被害者の側も周囲に悩みを相談したりほかの被害者を探すのを止めなければいけない。もともと力関係があり対等ではない関係に表面的な平等を押し付けたら力の弱い側にしわ寄せが行くという典型。
タイトルIX室で仕事をしようとする人たちは性差別や性暴力に熱心な人かというとそうではなく、逆に性差別や性暴力に関心があるという人、あるいは面接で自分はサバイバーだとか身内にサバイバーがいると明かす人たちは、「中立ではない」として採用されない。また、被害を訴えでた人の相談をタイトルIX室が受ける一方、加害者として名指しされた人をサポートする役割は学生部長が担当するが、前者より後者のほうが大学内での地位も予算もスタッフも圧倒的に上であり、より強力な支援を受けることができる。このような状況のなか、多くの被害者たちはタイトルIX室への訴えが良い結果をもたらさなかったことを自分の責任であるように感じ、タイトルIX室の人は少ない予算と権限でよくがんばってくれた、自分がもっとちゃんとしていればよかった、という感想を抱く。著者がインタビューした人のなかで唯一「タイトルIX室はきちんと仕事をしてくれなかった、どうしてもっとちゃんと支援してくれないんだ」という不満を訴えたのが、同棲していたガールフレンドに身体的暴力を振るわれて逃げ出した白人男性だった、というのは象徴的。でも研究が終わってしばらくしてから、何人かのサバイバーたちが著者にコンタクトし、あのときは自分が悪いと思っていたけれど、そうでなかったと気づいた、と言ってきた、というのが僅かな救い。
ほんとうに、読んでいて胸糞悪い話ばかりで、大学内のタイトルIX室への不信感しかないのだけれど、かといって警察に通報すれば被害者を守ってくれるというわけでもない。著者はタイトルIX室の専門性と独立性を高めることを主張しており、州内の公立大学で性暴力の相談を受ける職員を各大学の職員ではなく州政府の職員とする法律が2022年にカリフォルニア州で成立した際には議会で証言を行った。この法律には、これまで十分な性暴力相談員を置いていなかった小さい州立大学の学生にも必要な支援を届けることができるという利点もある。
ミシガン大学のタイトルIX室からは協力を断られ、指導教官からも「そんな研究は無理だ」と言われ、さらに研究を行った大学の社会学部にはこの研究がはじまる前からソーシャルメディアで性暴力についての発言をしていた著者を繰り返し攻撃している教授がいたのでかれの目につかないように社会学部から距離を取っていたとか、こんないろいろな理由で難しい研究を、批判的人種理論の研究者など大学の組織やカルチャーに批判的な学者らの助けを受け、やってのけた著者はすごい。タイトルIX室は異性愛男性を虐げているといったデマに惑わされることなく、また既存のタイトルIX室をただ守ろうとするのでもなく、女性やセクシュアルマイノリティの学生が安全に学べるようにより専門性と独立性のあるスタッフによる性暴力対策を求めていきたい。