Nancy Pelosi著「The Art of Power: My Story as America’s First Woman Speaker of the House」
連邦下院民主党のトップを20年にわたって務め、女性としては史上初の下院議長にもなったナンシー・ペロシが83歳にして自身の政治キャリアを振り返る回顧録。
HIV/AIDS危機の最中にサンフランシスコの代表として初当選し、9/11同時多発テロ事件への対応、イラク戦争に反対票を投じた理由、ブッシュ政権のもとで起きた金融危機に対処するため不人気なウォールストリート救済をせざるをえなかった経緯、中国の人権活動家たちとの交流とかれらへの支援、オバマ政権が実現を目指した健康保険改革をめぐる闘い、そしてもちろんトランプ政権時代の大混乱と、武器を携えた暴徒が下院議長の著者の頭に銃弾を打ち込むと叫びながら議会に侵入した1/6連邦議事堂占拠事件および、著者の自宅に暴漢が侵入して高齢の夫をハンマーで殴った事件まで、著者がこの数十年その中枢で関わってきた政治的なイベントについて語られる。
まあ政治家による回顧録なので、基本、自分にとって良いことばかり書いてあってとてもカッコいいんだけど、当時まだ偏見が強くHIV/AIDSの問題を取り上げるのは政治的な自殺だと言われながらサンフランシスコの代弁者として他の政治家に先駆けて取り組んだり、中国の人権やチベット・ウイグル・香港・台湾などの問題より貿易による経済的な利益を優先すべきだと民主党・共和党の両方から圧力をかけられながら中国の人権活動家や少数民族の代表らを支援し続けたことは、彼女の功績として特筆されるべき。最近でも超党派の議員団を率いて台湾を訪問し、中国による武力併合の脅威に対抗していた。
ペンス副大統領とともに著者の処刑を掲げて暴徒が議会に侵入してきて、著者のオフィスにもかれらが入り込み有権者からのメールなどが入っているラップトップが盗まれたり、著者が不在の自宅に暴漢が押し入り著者の夫をハンマーで殴りつけて大怪我をさせた事件など、トランプのレトリックによって過激化した右翼の暴力に直接晒された著者は、自分自身にならどんなことがあっても政治の道を選んだ時点で覚悟していたけれど、家族の命や安全に脅威が及ぶと知っていたら政治家になっていただろうか、と自問する。最初に立候補した際、当時まだティーンだった娘に「家にあんまりいなくなるけどいい?」と聞いたところ、年頃の娘は、家にうるさい親がいなくなるなんてラッキー!的な反応を見せたけど、事件が起きたあと彼女にも「こんなことがあるならあの時立候補するのを許してなかった」と言われる。
著者はヒラリー・クリントンが大統領に当選したら次の選挙で引退しようと考えていたらしく、そうしなかったのはトランプと戦うため。しかしバイデンが勝利すると同時に下院が共和党多数になり議長の座を降りるとともに下院民主党リーダーの座からも降り、もう引退か…と誰もが思っていたのに今年も立候補して、予備選挙で圧倒的な支持を得て再選を確実にしている。キャリアをまとめたこの本の出版を1〜2年ほど前から考えていたとするならその時点ではたぶん引退するつもりだったはずで、なんでまた立候補したの?と不思議だけれど、歴史に残るすごい政治家としてキャリアの最後をどう飾るのか楽しみ。