Michael Mascarenhas著「Toxic Water, Toxic System: Environmental Racism and Michigan’s Water War」

Toxic Water, Toxic System

Michael Mascarenhas著「Toxic Water, Toxic System: Environmental Racism and Michigan’s Water War

水道水に鉛が混入するなどの水質汚染により10万人もの住民が健康被害にあったことが騒がれたミシガン州フリントの水道危機の背景にあった人種資本主義をこれでもかと掘り下げた本。

ひととおり説明すると、フリント市では近くのデトロイト市からヒューロン湖を水源とする水を購入していたが、財政危機を解消するためにその契約を解除、2014年からフリント川の水を使うことに。すぐに水道水が茶色く変質している、異臭がするという苦情が殺到したが、州が水道水は安全だとして放置していたところ、研究者たちによって高濃度の鉛の混入やその他の汚染が確認されアメリカ史上最大規模の公害と認知されるまでに。フリントの住民の過半数は黒人であり貧困率も極めて高かったことから、もし住民が白人だったらこんなに被害が広がるまで問題が放置されることはなかった、という意見も聞かれたが、この問題の人種主義との繋がりはそれより遥かに深い。

もともとデトロイトもフリントもアメリカにおける自動車産業の中心地であり、一時は盛大に栄えていたものの、黒人労働者の流入を嫌った白人家庭の郊外への脱出がはじまる。第二次世界大戦後のアメリカでは政府が郊外の開発を後押しし、白人たちがそこで住居を購入することを支援するなどしたが、黒人の住んでいる地域にはそうした政策は適用されず、また黒人が白人の居住地域に家を買うことは合法非合法さまざまな手段で阻止されたため、白人の都市部から郊外への脱出が進んだ。結果、デトロイトやフリントで働く白人たちが郊外に税金を納めたため都市の税収は激減、少なくなった予算は郊外の人たちが都心部に快適に通勤・通学するための道路や郊外の生活を支えるための電力・水道などのインフラに優先的に回される一方、市内の教育や医療にかける予算は減らされていく。そこに日本車などとの国際競争による自動車産業の衰退が重なり、さらに都市部は財政危機に苦しむ。

財政破綻に陥ったデトロイトやフリントなど黒人が住民の多数を占める都市では、緊急事態を乗り切るためとしてシティマネージャが任命される。「黒人に政府の運営は無理」というリコンストラクション時代に遡る偏見のもと、民主的に選挙で選ばれた市長や市議から市の運営をめぐる権限が剥奪され、市のサービスの民営化や経営再建を理由とした公務員の削減や学校の閉鎖などが進められた。フリント市が水道の水源を汚染されたフリント川に変えたのも、外部からやってきたシティマネージャが民営化や緊縮財政を主張する企業や保守系財団などと協調して進めたものであり、水質に問題がないという公的な発表もあとになってみれば「黒人に飲ませるには」という但し書きが透けて見える。

本書ではほかにも、郊外への高速道路を設置するための黒人コミュニティの破壊や郊外からの客を目当てにした再開発によるジェントリフィケーション、街灯や信号を整備する予算がないと言いながら監視カメラを設置し、民営化により公共料金が値上げされ払えない家庭は電気や水道を止められ、黒人が多数を占める公務員の年金は一方的に削減、サブプライムローンによって家や土地を奪われたあと水道危機によりフリントの不動産の価値はさらに暴落してより多くの黒人たちが財産を失うなど、人種主義的な住居政策や都市計画とネオリベラリズム、緊縮財政、黒人有権者たちの自己決定権剥奪などさまざまな要因が重なってフリントの悲劇が引き起こされたことを明らかにしている。うんざりするけどこれだけ書いても書ききれないほどさまざまな不正義が重なり合った現実は、黒人に対するジェノサイドだと一部の住民が指摘することに頷けるほど。フリント市は水源をもとに戻したけれどもすでに水道管が壊れるなどしたほか、鉛の入った水を飲んだ子どもたちの成長が阻害されたり民営化やジェントリフィケーションがさらに進み公共サービスや教育を受けるから見放された人たちが大勢いるなど、問題は続いている。最後には人種の垣根を超えて政治による市民の放棄に抵抗した人々についても触れられており、参考になる。