Loretta Ross著「Calling In: How to Start Making Change with Those You’d Rather Cancel」
反性暴力の取り組みやリプロダクティヴ・ジャスティスの提唱者の一人として知られる黒人女性フェミニストの重鎮が、差別や暴力などによって周囲を傷つけた人に対する告発を意味する「コール・アウト」に対し、そうした人と向き合い対話を試みる「コール・イン」の大切さを訴える本。
著者はコール・アウトやキャンセル・カルチャーを全面的に否定するわけではない。大きな権力を持ちほかに責任を取らせる手段がない相手や、放っておけばさらなる被害者を生み出し続けるような相手に対しては、コール・アウトはその加害を阻止するための貴重な手段の一つ。しかしわたしたちは、不勉強や一時的な気の緩み、判断ミス、あるいは人間的な弱さから悪意なく間違いをおかしてしまった人に対してコール・アウトすることでかれらを遠のけ、お互いに成長するための機会を失うことも少なくない。コール・インとはそのための技術であり実践だ。
本書は著者がDCレイプ・クライシス・センターの代表者を務めていたときに刑務所から受け取った手紙からはじまる。差出人は性暴力の罪で長い刑期を務めている黒人男性で、同じように性暴力で刑務所に入れられている仲間たちとともに更生するための勉強会を開きたいので話を聞かせてほしい、という内容。幼いころ性的虐待を受けた経験のある著者ははじめかれらを信用できず、同僚からも相手にしないほうがいいとアドバイスされたが、勇気を出してかれらに面会する。保釈のための協力はしない、勉強会のための本以外の差し入れはしない、性的あるいは恋愛的な視線を向けない、などの条件をつけたうえでかれらと対話をはじめた著者は、かれらもかれらなりに人種差別や暴力のなかで育ちそれを内面化して生き延びてきたことに気づく。かれらの行為は許せないけれども、かれらが心から更生しようとするなら手助けしたいと思う程度には共感が生まれた。ただわたし的には、コール・インをするべき理由が時には倫理として、そして時には戦略として語られているのにそのあたりが曖昧にされている部分が少し気になった。
本書の終盤で著者は、性暴力サバイバーたちの話を毎日聞くなかで自分のトラウマと結びつけストレスを膨らませた結果、薬物に依存するようになり周囲に大きな迷惑をかけた過去を正直に打ち明け、責任をきちんと受け止めつつ自分自身を許すことと、間違いをおかした周囲の人たちの責任を問いつつかれらを許すことの必然的なつながりを訴える。正直わたしはかつてINCITE! Women of Color Against Violenceなどの活動で関わりのあった彼女のことが少し苦手だったのだけれど、本書を読んでわたし自身、彼女との過去の関わり方でちょっと反省したことがあったり。たまたま来週彼女に会う機会があるので、そのときに謝ろうと思う。
【2/21/2025追記】
2/20にシアトルのアフリカ系アメリカ人博物館でロレッタさんのトークイベントがあり、久しぶりに彼女と再会しました。彼女との過去の関わりというのは、2007年に彼女が創設した団体のコンファレンスで基調講演の次に重要なパネルにスピーカーとして呼ばれたんだけど、その時わたしまだ若かったから、一番のメインである基調講演者のジョイスリン・エルダース元医務総監が眼の前に座っているのに批判しちゃったのね。医務総監っていうのはアメリカの公衆衛生行政のトップで閣僚クラスのめっちゃエラい地位で、エルダースさんは黒人として史上初初、女性として2人目の医務総監としてクリントン大統領に任命された人。公衆衛生の世界ではヒーローだし、黒人女性としても先駆者としてすごく尊敬されている。
でもエルダースさんは医師としての専門は小児内分泌科で、著者でインターセックス・性分化疾患の子どもについて「はっきりしないのが一番悪い」として、子どもの身体に対するアグレッシブな形成手術を主張していたので、わたしはそれを批判した。でまあ、言ったこと自体は正しかったと思うけど、コンファレンスの基調講演者としてメインで呼ばれていて主催者や参加者からの尊敬を集めている人を、その主催者から与えられた場を使っていきなり批判したのは最善だったかな、という思いはずっとあって、たとえば先に主催者に話を通して別にエルダースさんと話をする機会を設けてもらうとか、やりようはあったのかもなあと思っていたところに、ロレッタさんが「コール・アウトじゃなくてコール・インを」という本を出したので、少なくとも主催者に対するリスペクトが足りなかったことは謝ろうかなと思ってロレッタさんに会いに行ったのね。
そしたらロレッタさん、あんなに前のことなのにわたしがファーストネームを言った途端に「エミコヤマでしょ!あのジョイスリン・エルダースを批判した!」ってめっちゃ彼女に記憶されてたw エルダースさんほどの人を本人を目の前にして公開で批判したのはロレッタさんにとっても衝撃だったらしくて、その後彼女の団体の中で語り草になっていたらしい。で、エルダースさんは当時インターセックス当事者運動について知らなかったけど、それをきっかけに興味を抱き、その10年後にエルダースさんが中心となってクリントン・ブッシュ政権の元医務総監3人の連名でインターセックスの子どもに対する医学的に不要な形成手術を停止するよう求める声明が発表された。ロレッタさんはそれをあのコンファレンスの成果の一つと考えていて、エルダースさんへの批判もちゃんとリスペクトしてて良かったと言ってくれた。でも多分当時は「あのガキなにやってくれてんじゃコラ」くらいは思ってたはずw まあめでたしめでたしってことで。