Grace Elizabeth Hale著「In the Pines: A Lynching, A Lie, A Reckoning」

In the Pines

Grace Elizabeth Hale著「In the Pines: A Lynching, A Lie, A Reckoning

アメリカにおける白人至上主義の歴史の研究で知られる歴史学者が、かつてミシシッピ州で保安官を努めていた自身の祖父が1947年にある黒人男性のリンチに関わっていた歴史を掘り起こし向き合う本。

著者の祖父は1940年代から1950年代にかけてミシシッピ州ジェファーソン・デイヴィス郡の保安官や消防署長などを歴任しており、著者はかれのことを優しいおじいさんとして記憶している。そんな祖父の逸話として著者の母は彼女に次のような話を伝えていた。ある時白人女性をレイプした黒人男性が逮捕され、留置所の前には多くの白人たちが殺到して容疑者の引き渡しを要求した。当時、白人に対する罪に問われた黒人はまともな裁判にかけられることもなく、暴徒によって留置所から連れ去られ処刑されることが少なくなかった。しかし祖父はかれらの要求を拒み、勝手に連れ去ろうとした人は逮捕すると警告し、容疑者の黒人男性を守った。しかし祖父が勤務を終えて帰宅したあと、別の係官が現場で証言したいという容疑者の希望でかれを現場検証に連れて行ったところ、かれの身柄を狙う多数の白人たちに囲まれた中、容疑者が逃亡を試み銃を奪おうとしたのでやむを得ず係官がかれを射殺した。

子どものころはそうした逸話に疑問を持たなかった著者は、のちに白人至上主義の研究を専門とする歴史家としてこの話を思い出したときに、納得がいかないことがいくつかあった。当時、白人女性に対するレイプの罪に問われた黒人男性は白人暴徒によって殺されることが少なくなかったのに、どうしてかれはわざわざ現場に連れて行くよう自ら希望したのか。また大勢の白人たちがかれをリンチしようと集まっている中、どうやって逃亡できると考えたのか。著者は同時期のほかのリンチについて学んできた経験から、それらについての白人たちの証言や白人メディアの記述が信用できないことを知っていたので、詳しく調べることになる。

まず最初に当時の地元の新聞で調べて分かったのは、母の話と異なり実際には容疑者の男性を現場検証に連れて行ったのも、かれを射殺したのも祖父自身であったということだ。とはいえ当時の新聞には容疑者本人が現場に出向くことを希望し、また逃亡を試みたので射殺されたというストーリーが書かれていたが、上記のようにこの説明にも納得がいかない著者は、さらにこの事件について調べた当時の黒人メディアの報道を調べたり、当時のことを知る人たちへの取材を行うとともに、南部で多数行われていた黒人に対するリンチが当時どう変化していたのかという歴史も掘り起こす。

リンチがさかんになったのは、南北戦争の終結により奴隷制度が廃止され、黒人たちに法的な権利が認められてから。それまでは黒人奴隷は白人の財産だったためそう簡単には無駄に殺したりはしなかったのだけれど、自由を得たことで選挙に参加したり事業をはじめて成功したりした黒人たちを見せしめに制裁するためにリンチは行われた。多くの場合その名目として白人女性をレイプしたほか白人に対する犯罪行為が理由として挙げられたが、実際にはまともな捜査が行われることはほとんどなく、拷問による自白以外の証拠がないケースが多々あった。また著者の祖父が関わったケースでは、この白人女性は黒人男性と合意のある性的関係を続けていたと黒人コミュニティでは広く知られており、同様のケースでは黒人男性との交際を家族に知られた白人女性がそれを誤魔化すためにレイプされたと訴えたと思われるものも多い。

19世紀末から20世紀初頭の南部では、黒人に対するリンチは白昼堂々と行われ、一種のお祭りとして新聞で告知された。白人たちは家族連れて集まり参加し、リンチを描写した写真や絵は絵葉書として人気を博し、犠牲者の指や皮などを白人たちは記念品として持ち帰った。その頃は保安官など法的機関の係官が積極的に黒人被疑者を暴徒に引き渡したり、係官自身がリンチに参加することも多かった。しかしそうしたリンチのあり方が北部の黒人メディアやジャーナリスト、そして一部の白人ジャーナリストや政治家たちによって南部における黒人迫害の最悪の事例として注目され、連邦議会でリンチを止めるための法案が審議されたり(南部白人によるフィリバスターによりほとんど成立はしなかった)連邦政府による捜査が行われるようになると、リンチは公的には認められない公然の秘密へと変化していった。

著者の祖父が保安官になったのは、第二次世界大戦に従軍した黒人たちが帰国し、国のために命をかけて戦ったのだからと自由と権利を訴える動きが大きくなった時代だった。選挙で公選される地位にあった祖父は、リンチに加担した、あるいは黙認したとして全国的なメディアで取り上げられたり連邦政府の捜査を受けることは避けたかったが、かれを選出した地域の住民たちが容疑者の殺害を期待していることも理解していた。南軍指導者の名前から名付けられたジェファーソン・デイヴィス郡の住民の過半数は黒人だったが、かれらは選挙に参加する権利を奪われていたため、次の選挙で勝つためには白人住民の支持が必要だった。その結果かれが選んだのが、暴徒によるリンチではない、やむを得ない射殺だったという体裁を保ちながら、公衆の門前で容疑者を処刑することだった。法執行機関で働く公職者による黒人男性の殺害は、現代アメリカで多数起きている黒人市民の警察による殺害と同じように、犯罪として扱われることはなく、リンチの統計にも含まれていないが、これは形を変えたリンチであると著者は指摘する。

著者の祖父は根っからの極悪人ではなかったし、母から伝えられていたような英雄的な法の番人でもなかった。当時置かれていた状況において楽なほうに流れた結果、リンチに加担した多くの白人たちの一人だった。そして現在では、リンチは法的・倫理的な正当性を失ったものの、私的な暴力による白人至上主義の擁護に魅力を感じる人たちは合法的にそうした暴力をふるえる警察官になったり、あるいは自警団を名乗って黒人を殺害するようになり、白人至上主義的なリンチはさらに形をかえつつ続いている。

本書は自分の祖父が保安官として行ったリンチについて掘り起こすとともに、被害者となったヴァーシー・ジョンソン氏やかれが住んでいたコミュニティについても可能な限り取材を行い、圧倒的な暴力に晒されながらかれらがどのようにして生きてきたのかも明らかにしている。度合いはそれぞれ異なるとはいえ、いまアメリカにいる白人の少なくない人たちは、黒人を奴隷としていたり、リンチに参加したり、その他のさまざまな暴力や搾取を行っていた人たちの子孫であり、それらの加害に対する賠償はいまだに行われていない。オレゴン州からの黒人住民の退去を働き変えた祖先について書かれたSarah L. Sanderson著「The Place We Make: Breaking the Legacy of Legalized Hate」や先住民から奪った土地で栄えた祖先についてのRebecca Clarren著「The Cost of Free Land: Jews, Lakota, and an American Inheritance」と並んで、人種差別の過去から現在までの繋がりを明示化する作業はとても重要。