Kelsey McKinney著「You Didn’t Hear This From Me: (Mostly) True Notes on Gossip」
ゴシップ(噂話)についてのポッドキャストを運営している著者による、ゴシップについての連作エッセイ集。タイトルは「わたしから聴いたとは言わないで」という意味で、ゴシップ拡散に付き物のよくあるウソ。
ゴシップには進化心理学的な理由があるのは少し考えれば明らかで、ヒトはゴシップをする種であると言っても過言ではない。ゴシップにどういう社会的な効用があるのか、それがタブロイドメディアやソーシャルメディアの登場によってどれだけの被害を撒き散らすようになったのかといった考察とともに、世間で騒がれたさまざまなゴシップ(ピカソの女性関係とか)やテレビや映画におけるゴシップなど幅広い話題が取り上げられる。
テレビや映画におけるゴシップといえば、2004年に公開され2024年にはミュージカル版としてリメイクされた映画「ミーン・ガールズ」や、学校内の噂を暴露するブロガーとその高校で起きた騒動を取り上げた2007年のテレビドラマ(こちらも2021年に続編が放映された)「ゴシップ・ガール」について取り上げた章がおもしろい。どちらも10年以上たってからのリメイク・続編によって初代のエッジが失われたことが指摘されており、納得がいった。たとえば初代「ミーン・ガールズ」でスクールカースト上位グループの女の子たちがゴシップを集めていたノートには体育教師が女子生徒とセックスしていた話が書かれていたが、教師と生徒のセックスが「乱れたセックス」ではなく「地位乱用、未成年虐待」だという認識が広まったためか2024年版ではカットされていた。しかしこのゴシップは力のない女子生徒たちが危険な教師の情報を共有するための手段としての役割を果たしており、せっかくの女子たちのゴシップの効用が2024年版では消し去られてしまっている。
これらの例がどちらも若い女性たちを中心とした物語であることからもわかるように、ゴシップは女性的なものとして、軽んじられたり悪いものだと決めつけられることが多い。本書のはじめに著者がChatGPTに「ゴシップを教えて」と聞いたところ、ChatGPTに「わたしは役に立つ情報を提供するために作られており、ゴシップは対象に対して失礼で非生産的だ」と返された話が出てくる。続けて著者が、ゴシップになりそうな性的なエピソードが多数ある古代メソポタミア文明の作品「ギルガメシュ叙事詩」のストーリーをChatGPTに聞いたところ、ChatGPTは面白みのかけらもないただのあらすじを返してきた。しかし最後に著者が「ギルガメシュ時事詩」のストーリーをゴシップ風に教えて下さい、と聞くと、十代の女性かキャンピーなドラァグクィーンが言いそうないかにもゴシップ的な口調でギルガメシュの話を面白おかしくメリハリをつけながら回答してきた。これってChatGPTの使い方としてわたしが聞いてきた中でトップクラスに面白いのだけれど、ゴシップ口調がイコールで十代の女性かドラァグクィーン口調というあたり、ゴシップには地位が低く見下されがちな人たちの自己防衛と抵抗の手段としての側面があることを示している。