Keith Houston著「Face With Tears of Joy: A Natural History of Emoji」

Face With Tears of Joy

Keith Houston著「Face With Tears of Joy: A Natural History of Emoji

絵文字の歴史についての本。タイトルは「face with tears of joy」と名付けられた絵文字😂から。英数字と限られた記号しか表示することができないなか文字と記号を組み合わせてさまざまな表情の顔を表現した顔文字から、さまざまなメーカーや端末が独自に拡張して使えるようにしたアイコンの誕生、そしてユニコードによる全機種共通の絵文字の普及から、ふたたびメーカーやプラットフォームに依存し大きな市場となったステッカーやハッシュタグアイコンまで、絵文字とその周辺の歴史がコンパクトにまとめられている。

「絵文字」という日本語の造語が世界共通語になっていることからも分かるように、絵文字の発達と普及に大きな影響を与えた国はなんといっても日本。横に倒さなくてもきちんと顔に見える顔文字を生み出したり、NTTドコモのiモードをはじめ各メーカーがそれぞれの端末で絵文字を実装し最初に広く普及させたのは日本だし、渋るスティーヴ・ジョブスに「iPhoneを日本で売るなら絵文字対応が必須」と説得したのは孫正義氏だった。あと細かい話だと、あまりに下品だからと欧米では敬遠される「かわいいうんちの絵文字💩」が受け入れられる土壌を作ったのは鳥山明氏のDr.スランプだと言われていたり。いっぽうユニコード・コンソーシアムが採用した初期の絵文字には日本で普及していたものがベースとなっており、ラブホテル🏩、鯉のぼり🎏、お月見🎑など他国の人にとっては意味不明なものが多く含まれていたし、白人や中国人、インド人を描いたステレオタイプ的な絵文字も(ユニコード採用時に「ブロンドの髪の人」といった具合に名前を変更されながら)含まれてしまった。

こうした文化的なその後もたびたび問題となっており、どういう動物や植物、食べ物を絵文字に取り入れるのかといった対象の選択から、人間をあらわす絵文字が基本的に白人を表現しているように見えたり、特定の職業についている人をあらわす絵文字に男女の性役割分担が反映しているといった議論も起きた。問題があっても既にある絵文字を削除すると以前作成した文書が読めなくなってしまうので削除はできず、絵文字の呼び名を変更したりより多様な絵文字を追加するなどの対応が進む。ところが絵文字に描かれた人間の人種や性別を指定できるようにしても、白人が基準とされ黒人はその肌の色を変えただけの色違いバージョンになってしまったり、だったら人種や性別を指定しない限りデフォルトではどちらにも見えないようにしようとしたところ「トランスジェンダリズムに屈した」とか陰謀論になって騒がれたり。いやそれはさすがにわけがわかんないけど。

そもそもユニコード・コンソーシアムの役割は絵文字を審査することでなく、世界のさまざまな言語や文字をコンピュータで利用できるようにするための重要な役割を果たしているわけだけど、あまりに絵文字が注目を集めてしまって存続が脅かされている言語の保存が後回しにされたりも。と同時に、先進国のテック企業がコンソーシアムのメンバーの多数の占め文化的なバイアスや優先順位の問題があるとはいえ、どの絵文字を採用するかコンソーシアムが中央集権的に決定することにより、個々の企業や国家によるゴリ押しやヘイト・シンボルの絵文字採用などに歯止めがかかっている部分はある。しかし既存の絵文字を組み合わせて新たな絵文字を作る方法も採用され、またソーシャルメディアにおけるヘイトや陰謀論の流布に対するペナルティをすり抜けるために特定の絵文字の組み合わせを符号として使うといったことも行われているけど、その同じ手段はネットが検閲されていて言論の自由が認められていない国で人々が政府批判を行うためにも使われていて、まさに使う人次第。しかし政府がプラットフォームに圧力をかけて、特定の絵文字を表示できないようにさせたりする問題(中国および香港のiPhoneでは台湾/中華民国の国旗🇹🇼が表示できない、など)も起きている。

ユニコードはコンソーシアムによって絵文字として採用するのにふさわしいかという審査があるため、特定企業のロゴや商品、特定の有名人の肖像や人気キャラクターなどを登録して使うことはできないけれど、そうした使い方をしたいというニーズはあり、ツイッターのハッシュタグにアイコンが付くキャンペーンやLINEによって広まったステッカーはそうしたニーズに答えるかたちで広まった。これらは企業や個人が自由に自分でデザインしたものを使うことができるけれど、それが表示されるのはそのプラットフォームに限定されるため、ユニコードによる絵文字採用以前に戻ったかのよう。絵文字の拡張はいまも続いているけれど、新たに採用される絵文字は既に使い方が限定的なものしか残っておらず、アップデートのたびに大量の新たな絵文字が追加される時代は終わりメインテナンスが中心となったのかもしれない。

でもまあ、unicodeというくらいだから、uni(ウニ)の絵文字は是非採用してほしいとずっと思ってる、わたしが使うから。でもわたしは動物としてのウニが好きなので、牡蠣の絵文字🦪みたいに食べるの前提なのはやめてください。