Keeonna Harris著「Mainline Mama: A Memoir」

Mainline Mama

Keeonna Harris著「Mainline Mama: A Memoir

子どもの父親にして獄中結婚したパートナーを刑務所の外から支えた黒人女性の著者が、自身の経験について綴った自叙伝。タイトルの「メインライン」というのは刑務所に収容されている人たちのことを指すスラングで、「メインライン・ママ」という言葉は刑務所内にいる男性たちを外から支える女性たちの意味。

著者は有名大学に進学して医者になることを夢見る高校生だったとき、ボーイフレンドとのたった一度のセックスで妊娠し、人生を大きく狂わせる。子どもを産んで育てることを決心したものの、ボーイフレンドはストリートギャングのメンバーでしょっちゅう盗みなどの犯罪を犯していた。著者が妊娠して以降は彼女と子どもを支えるためにもっと稼がなくてはとさらに犯罪に拍車がかかり、逮捕されることもたびたび。逮捕されてもどうせ大した罰にはならないだろうと高をくくっていたが、あるとき20年を超える長期の実刑判決を受け刑務所に収容される。

著者はボーイフレンドと面会しようと刑務所に向かうも、アメリカの刑務所の多くは都市部から離れた田舎に設置されており、そこに行くだけでも大変。多くの人が家族や仲間との面会に行く週末には数少ないホテルは割高な特別料金を設定しているし、面会時間がはじまるタイミングで刑務所に向かうと駐車場の外側にすでに多数の車が並んでいて、待っているだけで面会時間が減ってしまう。何度かそういうことを繰り返したのち、著者はいつも同じ黒人女性たちが列の先頭に並んでいることに気づき、いつからそこに並んでいるのか聞いたところ、彼女たちは裏技の存在を教えてくれる。

彼女たちのグループの1人は刑務所のある町に住んでいて、彼女たちは前日の夜に現地に住んでいる女性の家に集まり、一台だけ車で刑務所駐車場の入口前に駐車して別の車で家に戻る。翌日面会時間がはじまる直前にまた別の車で行列の先頭に乗り付け、停めてあった車に乗り込んで、入口が開くと同時に入場して面会する。彼女たちのグループに入れてもらった著者は、その後毎週末には刑務所に通い詰め、彼女たちと協力しながら面会を繰り返す。あるときボーイフレンドがほかの刑務所に移送された際、あたらしい刑務所に行くとやはりそこでも入口前の最前列には同じことをやってそうな黒人女性のグループがいたので、著者は彼女たちに自己紹介し、受け入れてもらう。著者はこうした活動に、黒人コミュニティから男性たちを奪い非人道的な扱いをしている刑務所制度への抵抗をしているという誇りを見出す。

刑務所が不便な場所に設置されていることもあり、ほとんどの受刑者たちはそこまで熱心な家族や友人には恵まれておらず、刑務所外に住む人が刑務所に収容された家族や友人との面会に行くのはせいぜい良くて年に数回程度。そういうなか、ボーイフレンドや夫を支えるために毎週末集まる著者たちは特別な絆を作り、また刑務所の職員たちからも認識されるようになることで多少の便宜を図ってもらえることも。しかしあまり表立って便宜を図ってもらってしまうと、刑務所に入れられている家族が「職員に告げ口しているから優遇されているんだろう」という疑惑を生んで周囲の収容者たちから敵視される危険もあるので諸刃の剣。

ボーイフレンドとの獄中結婚を果たし、のちには刑務所内の個室で泊りがけの訪問が認められるけれどさまざまな理不尽なルールや決定に翻弄されるなど、刑務所内にいる家族を支える著者の経験はとても興味深い。そしてついに22年の刑期を終えて夫が出所してきたが、夫を支えつつ大学に通って女性の権利に目覚めた著者とのすれ違いが多発し、結局離婚することに。たとえば著者は、刑務所の外にいる家族や友人の支援を受けている人のほとんどが男性の収容者であり女性たちは放置されがちなことや、支援をしているのが男性受刑者のパートナーの女性や母親たちがほとんどで女性受刑者のパートナーや父親はそれほど面会に行かないというジェンダー的な不均衡にあらためて気づき、女性が、とくに黒人女性が負わされている社会的責任と自己犠牲の義務を実感する。

本書に書かれている刑務所のあれこれは、彼女ほど面会には行っていなかったけれど刑務所内に家族がいた知り合いの話と共通する点もあった一方、頻繁に面会に通うメインライン・ママたちのコミュニティの発生と支え合いはこれまで知らなかったことでとてもおもしろかった。またジェンダー的な不均衡、とくに女性に対する自己犠牲の要求やケア労働の規範化などの問題については本書を読みながら序盤から感じていたのだけれど、著者自身が次第にそれに向き合い、女性受刑者や刑務所に入れられた人たちを支える女性たちの支援を呼びかけるところも良かった。すごい。