Jonathan D. Cohen著「Losing Big: America’s Reckless Bet on Sports Gambling」

Losing Big

Jonathan D. Cohen著「Losing Big: America’s Reckless Bet on Sports Gambling

2018年の連邦最高裁判決により州政府がオンラインでスポーツの結果を予想する賭博を合法化することを認めていらい、どのようにしてそれが過半数の州に拡大し、どのような問題を引き起こしているか解説する本。コロンビア大学出版によって設立された、狭い話題についてサクッと解説する短い本のシリーズの新作。てかコロンビア大学そんなことやってる場合かお前ら存続の危機やぞ?

アメリカでは1970年代に成立した法律によってスポーツ賭博が禁止されていたが、2018年の最高裁判決はこれを違憲として、スポーツ賭博を合法化するかどうか各州の政府に任せることにした。違法であってもインターネットを通して国外のサイトでオンライン賭博に参加するアメリカ人は少なくないことから、合法化して規制したほうが不正がないか監視できるし、税金をかけて州の税収を増やすこともできるといった理由から各州で急速に合法化が進められたが、その背後にはオンラインカジノ合法化による利権を狙う企業のロビー活動があった。違法な海外サイトのユーザを合法的な国内サイトに誘導するといった口実とは裏腹に、実際には違法なオンライン賭博を利用したことがない若者たち(主に男性)に対するマーケティングが徹底的に行われ、深夜番組でジョークのネタにされるほどオンライン賭博の宣伝がテレビで流された。

また合法化に際しては、合法的な国内サイトであればギャンブル依存症に陥った人、陥りかけている人に対する支援に結びつけることができるとされた。事実、賭博サイトはギャンブルに参加している人の行動パターン(ギャンブルしている時間帯や頻度、銀行口座からの送金の回数など)からギャンブル依存を検出することは可能だが、それらのサイトはせっかくお金を使ってくれている顧客の行動に積極的にストップをかけようとはしない。そもそもこうしたサイトの収益のほとんどはテレビでスポーツを観戦しながら贔屓のチームに少額のお金を賭けるといったカジュアルな参加者ではなく、資産や給料の大半をギャンブルにつぎ込むごく一部の人たちから出ている。そうしたサイト側が取るギャンブル依存症対策とは、せいぜいユーザの意思によってアカウント凍結などの設定ができるようにしたり、ギャンブル依存症の相談窓口を紹介するメッセージを表示する程度。

おもしろいと思ったのは、かつてギャンブルとイメージのうえで結びつけられることを毛嫌いしていた(アメリカン)フットボールリーグNFLの変節についての部分。フットボールには瞬間的なプレイが結果に大きな影響を及ぼすことがあり、選手たちが自分やほかの誰かの利益のために、あるいは脅されるなどして瞬間的に手を抜いた「かもしれない」と思われるだけで大損害だとしてギャンブルから距離を起き、ギャンブルの都として知られるラスヴェガスに本拠を置くチームのリーグ参入すら長年認めなかったが、オンライン賭博サイトが試合のデータを直接リーグから購入すること、など賭博の利益の分け前を受け取ることと引き換えにギャンブルを認めるよう方向転換した(レイダースのラスヴェガスへの本拠地移転も認めた)。実際、自分が応援するチームに少額のお金を賭けるファンはより球場に観戦に来たりテレビで試合を視聴することが多く、NFLにとってはそれも含め十分に利益になる。

著者はそうしたカジュアルなギャンブル参加者たちの存在を挙げ、スポーツ賭博はアルコールと同じようなものだと言う。なかには依存症になり自分や家族ら周囲の人たちを不幸にしてしまう人もいるが、大半の人たちは自分が責任取れる範囲のなかでギャンブルや飲酒を楽しんでいる。問題は、先行者利益を確保しようとした業者や増税せずに税収を増やしたい州政府、新たな収入源を作りたいリーグなどの都合で合法化があまりに急速に推し進められ、本来行うべきだった依存症についての啓発や相談機関の拡充、宣伝手法の規制などがまったく追いついていない現実だ。たとえば賭博サイトでは相談窓口の電話番号は繰り返し宣伝されるものの、アメリカ中どこでもスマホがあれば簡単にギャンブルに手を出せるようになったというのに実際にギャンブル依存症の治療を行うことができる専門家の数はまったく足りていない。かつて一部の州で大麻が合法化されはじめた時ですら、その施行を前により時間をかけた準備が行われた(規制に関しては結果的に厳しすぎたためにのちに緩和された)ことを考えると、スポーツ賭博がもたらす利益に州やリーグの目が眩んだとしか。

民間企業が利益をあげようと必死になるのは仕方がないけれど、政府が増収を最優先して他のことに目を瞑るのではなく住民たちの生活を守るための責任を果たす必要があるし、政府がそうした責任を果たすと信頼できるまでは合法化自体を遅らせるべき。以前からもちろん非合法的なギャンブルや国外の賭博サイトは存在していたけれど、アンダーグラウンドだからこその技術的・精神的な敷居の高さがあったし、少なくとも普通の若者がそれらの宣伝を日常的に目にしたり、スマホを通して簡単にアクセスできたりはしなかった。合法的なスポーツ賭博の登場は非合法なギャンブルに参加していた人を合法的なサイトに誘導するのではなく、新たな層の若者たちを勧誘してかれらの一部から将来を奪う結果になっており、大失敗だった。