John Gray著「The New Leviathans: Thoughts After Liberalism」

The New Leviathans

John Gray著「The New Leviathans: Thoughts After Liberalism

イギリスの重鎮政治哲学者が冷戦終結後にはじまった「リベラリズム普遍化」の理想の失敗と現在起きている非リベラルな政治の台頭を論じる本。前著『猫に学ぶ――いかに良く生きるか』から内容が一転するけど、こっちが著者本来のやつ。

冷戦後、フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を宣言したようにアメリカや西欧はリベラルな社会––民主主義と資本主義の組み合わせ––の勝利を確信し、旧ソ連や中国なども段階的に、あるいは急速にリベラル化していくという根拠のない期待を抱いた。しかし実際にはそれらの国では権威主義が台頭し、民主主義を強制的に広めるという妄想を抱いてはじまったイラクやアフガニスタンでの戦争は悲劇と混乱を巻き起こしたあげく失敗、「アラブの春」がいくつかの独裁政権を打倒したあとにはイスラム国(ISIS)が生まれた。いっぽうリベラリズムの旗手であったはずのアメリカはその特異な歴史的経緯を根源とした反人種差別運動やその他のアイデンティティ政治運動によって教条的な思想が広められ、非リベラルな方向に進んでいる、というのが著者の分析。

いやいやアメリカにおけるリベラル社会への脅威はもっとほかのところにあるだろうとは思うんだけど、一方著者はアメリカの右派が左派の教条主義をマルクス主義と結びつけて批判している点には間違いだと指摘、それはむしろキリスト教的な理想主義に基づいているものだと言う。ロシアでリベラリズムが根付かなかったばかりかロシア正教がプーチンの権威主義化を強力に支えている背景をふくめ、宗教的な土台がその宗教を必ずしも信仰していない人を含め多くの人たちに内面化され政治思想の根底となっている点を指摘するのは著者の得意技。ただし前著を読む限り著者自身は猫を信仰していそうだけど。