Hala Alyan著「I’ll Tell You When I’m Home: A Memoir」
五度の妊娠が流産や異所性妊娠(子宮外妊娠)などによって出産に至らず終わったパレスチナ系アメリカ人作家が、出産を依頼したカナダの代理母の胎内で自分の子どもが育つあいだに経験したことと並行して、パレスチナからクウェイトへ、そしてアメリカへ繰り返し難民として移住した家族の経験やベイルートの大学に通っていた時期に自身が経験した性暴力や性的な噂話など、一家と自身のトラウマと向き合う自叙伝。
最初に断っておくと、本書では代理出産ををめぐる倫理的な問題やイスラエルによるパレスチナ侵略・占領の問題など政治的・思想的な話はあまり触れられていない。あくまで本書は著者が自身を、そして親族の女性たちを投影する『千夜一夜物語』のシェヘラザードのように、両親や祖父母、親戚、そして自分が経験した話を重ねるように語る。仕事をするために中東各地に移り住む親戚の男性たちとかれらの帰還を待つ女性たちの話、内戦やシリアによる干渉・ヒズボラによる占拠やイスラエル軍の侵攻が一段落つき安定した時期のレバノン・ベイルートに留学した(しかし著者が在学中に首相暗殺やヒズボラによるベイルート東部陥落によりその安定も崩れていく)著者が自由を謳歌するなか、デートレイプドラッグを使った性暴力を受けたり「ベイルートの男性のほとんどとセックスしている」というありえない噂を流されて家族に幽閉されそうになったり、アルコール依存に陥った話など、シャフリヤール王によって殺されるのを恐れているかのように著者は物語を書き連ねていく。
タイトルは「家(ホーム)に着いたら連絡します」という意味だけれど、ホームである独立主権国家を持たないパレスチナ人にとってホームから見放されている、常に移動を強いられていること自体がある意味ホームになっている。体外受精し代理出産を依頼してまで自分と夫の遺伝子を持つ子どもを求めたが、夫との関係が悪化しホームとしての家庭も不確かになる。パレスチナ人たちが先祖代々のホームを追われてすでに70年以上経つなか、ディアスポラのあいだで世代を超えて継承されているトラウマや性差別や性暴力のトラウマと、それらに脅かされながら機転をきかせ美しい文体を駆使して物語を語り生き延びようとする、そしてホームがないところにホームを作り出そうとする著者の姿勢が心に響く。