Giaae Kwon著「I’ll Love You Forever: Notes from a K-pop Fan」
保守的なキリスト教を信仰する韓国系アメリカ人家庭に育った著者が、高校生だった頃に当時(1990年代後半)韓国で人気を博していた男性アイドルグループH.O.T.の音楽に出会ったことからK-popにのめり込み、K-popと接することで韓国の近現代史を学び、韓国系アメリカ人としてのアイデンティティを築き、K-popを通してジェンダーやセクシュアリティ、ミソジニーや人種差別について考え、K-popから生きる気力をもらってきたことを振り返る本。
H.O.T.は1996年デビューなので著者はわたしよりはいくつか下の世代だと思うのだけれど、実はわたしもK-popがアメリカはもちろん日本や中国にもほとんど進出していない当時にも関わらずH.O.T.を聴いていて、同時代的な共感を感じた。わたしが当時仲良くしていたのは、アジア系だけれどクィアだったり黒人とのミックスだったり国際養子縁組で幼いころから白人に育てられていたりとさまざまな理由でアジア系コミュニティに馴染めない子たちが多かったのだけれど、なかでも親しくしていた、白人家庭に養子として育てられていた友人がコリアンとしてのルーツを探してたまたまH.O.T.を見つけてきたのをきっかけに、一緒にハマったのね。
そうは言っても本書にも書かれているように当時はインターネットの情報なんてそんなになかったし、K-popなんてラジオでもケーブルテレビにも流れないから、断片的なネットの情報をもとにコリアタウンの怪しげなお店に行って、韓国から輸入されたCDやおそらく違法にダビングされたVHSテープを買ってくるくらいしか入手方法はなかった。実際、著者はH.O.T.のファンクラブに加入しようとしたけれどアメリカ人である彼女には韓国の住民登録番号(マイナンバー的なやつ)がなかったために加入できなかったとか。(ちなみにわたしは実はH.O.T.以前にソバンチャを聴いてたけど、H.O.T.以前はK-popの歴史に含まれていないようで悲しい)。
本書ではH.O.T.から少女時代、TVXQ(東方神起)、BTSなどのグループやBoAやテヨンなどソロでも活躍したアイドルやアーティストたちを多数挙げつつ、K-popの歴史とともに、韓国社会そして韓国系アメリカ人社会の厳しいファットシェイミングや学歴主義、ミソジニーや若い女性の性的搾取、ホモフォビア、メンタルヘルスに対する無理解などに苦しめられた個人史を重ね合わせる。たとえば著者ははじめ少女時代のメンバーたちが年上の男性たちに作られた人工的な「女の子アイドルっぽさ」をアピールすることに嫌気を感じて彼女たちを見下していたが、彼女たちの置かれていた立場が文化的なミソジニーと資本主義の論理のなかで求められる女性性を自ら自己決定したという体で演じなければいけない自分たち一般の女性たちの状況とそれほど変わらないものであることに気づき、彼女たちに親しみを感じていく。
とくに女性アイドルは外見や性的な清純さによってあれこれ誹謗中傷され、どんなに見た目がよくても今度は整形したんだろうとネットで叩かれるなど、世間の風当たりが強い。また男女ともに、まだ十代前半だったころに結んだ搾取的な契約に長年拘束され、ネットで常に監視され誹謗中傷にさらされるなか、メンタルヘルスを乱して自殺騒ぎを起こしてしまったり実際に亡くなる人も相次いでいる。男性アイドル同士をカップリングさせた生モノの二次創作(シッピング)は女性ファンのあいだで広まっても、実際にクィアやトランスとしてカミングアウトするアイドルはごく少なく、かれらには強烈なバッシングが待ち受ける。こうした状況はアイドルたちほど世間の注目を集めているわけではない多くの一般の若い人たちも程度の差こそあれ共通して経験していることで、それを通して著者はK-popアイドルたちに人間として共感していき、さらにファンになっていく。ミソジニーやホモフォビアは深刻だし、面白半分でブラックフェイスをするなど黒人文化に対する差別的・搾取的な側面もあるが、それらの問題を正面から見つめつつ、著者は自分を支えてくれたK-popへの愛を語る。
本書はまた、韓国そのものの歴史について詳しく書かれているわけではないものの、日本による植民地支配、その直後の朝鮮戦争と今も続く分断、長く続いた軍事独裁政権とそこからの民主化、そしてアジア通貨危機といった韓国の近現代史が著者の一家に、そして韓国系アメリカ人社会と韓国社会にどのような影響を残しているのか、という視点からも、K-popがどこから来たのか論じている。なにより本書がいいのは、アメリカ人のライターによるK-popの本でありながら、「K-popがどのようにアメリカの若者の支持を得たのか」という白人中心主義的な主題を取らず、あくまで韓国系アメリカ人の著者が自分のルーツを探すなかにK-popとの繋がりを見出している点。
最近のK-popなんて全然追えてないし話題についていけるかなあと思いながら読みはじめたけれど、知ってる名前が出てきたら楽しいし知らないアーティストについての話も面白く、アジア系アメリカ人のリアルな経験が書かれていて満足できる内容だった。著者は本来フードライターとしての活動を中心としているらしく、次回作はコリアンフードとアメリカ社会についてらしいので期待。