Fred C. Trump III著「All in the Family: The Trumps and How We Got This Way」
ニューヨークの不動産王として巨額の富を築いたフレッド・トランプの孫でドナルド・トランプ大統領の甥である著者が、トランプ一家との関係について語る自叙伝。ドナルド・トランプやトランプ一家に批判的な著書を既に二冊出しているメアリー・トランプは著者の妹だが、妹ことなり著者はこれまで公にドナルドを批判する発言を控えてきた。
著者の父親のフレッド・トランプ・ジュニアはフレッド・トランプの5人の子どもの中でも親の支配に反発し、不動産業を受け継いだドナルド・トランプらと異なる道に進んだことで一家のなかで孤立、それもありアルコール依存に陥り若くして亡くなった。フレッド・トランプが歳を取り認知症の初期状態が現れてきた時期にドナルドら4人の兄弟姉妹が結託し、フレッドに遺書を書き直させ、著者と妹のメアリーに分配されるはずだったフレッドの何十億円もの遺産を取り上げた、として一時は妹とともに裁判を起こしたが、常にケアを必要とする重度の障害を持つ息子が生まれていた著者は裁判を徹底的に争う余裕がなく、またドナルドらの側が著者の一家の健康保険を打ち切って子どものケアにかかる費用を払えなくするような圧力をかけたので、不満を残しながらも和解し、息子のケアにかかる費用を支援してもらえるように、フレッド亡きあと一家の中心になったドナルドにすり寄るしかなかった。メアリーと著者が遺産の分け前を取り上げられたのは、ちょうどカジノの倒産などが相次ぎドナルド・トランプがフレッドから引き継いだ不動産帝国が崩壊しかけていた時期でもあった。
著者はフレッドやドナルドら一家の人たちの異常なまでの闘争心やプライドの高さ、ビジネスにおいて騙しや圧力を多用し人種差別を公然と行うといった手段を選ばない姿勢などに触れながら、かれらの人間性がそういった自己中心的なものだけではないことも指摘し、遺産をめぐって敵対したあとドナルドやその他の親族との関係を修復して一定の付き合いを続けたことも書いている。中盤まで読んで、一家との関係を決定的に失った妹のメアリーがドナルドらを批判する本を出しているのは分かっても、息子のケアのためにドナルドらと妥協し一家から放り出されないよう気を配っていた著者がどうして今この時期に本を出したのか、という疑問の答えを探すようになった。
ドナルド・トランプがテレビのリアリティ番組に出演して有能なビジネスマンとしてのイメージを膨らませ、さらにオバマ大統領の出自に疑問を呈するなど人種差別的なデマや宣伝により支持を得て大統領に出馬した際には、ドナルドの実態を知りかれの人種差別的だったり民主主義の基盤を攻撃するような発言を良く思わなかった著者をかれから遠ざけ、二度の大統領選挙でも著者はドナルドには投票しなかった。しかしドナルドが大統領に就任すると、家族であることを利用して自分と同じように重度の障害を持つ親たちと一緒にホワイトハウスでドナルドと面会し、障害者のケアのために連邦政府のさらなる支援を求めるなどドナルドとの関係を利用しようとした。
ほかの家族らとホワイトハウスで面会したその場では閣僚らに支援を増やせないか調べろと命じたドナルドだったが、かれらが退室するとドナルドは著者とのプライベートな面談を求め、「ああいう人たちは生きていても仕方がない、死なせたほうが社会のためだ」と著者に言ってのけた。その時は「政府の支援に頼らず生きているお前の息子だけは例外」という態度だったが、のちに著者がドナルドら一家の人たちに息子のケアのための基金への支援を増やすよう要請したときには、「いくら生かしてもその子はお前の顔すら認識できていない、いっそ諦めて死なせてやってフロリダにでも引っ越して悠々と暮らしたほうがいいのでは」とアドバイスしてきた。息子が周囲の人たちを個別に認識できないというのはまったく事実に反するし、地の繋がった家族ですら重度の障害がありケアにコストがかかるというだけで見殺しにしろと言うドナルドに、かれがそういう人物だと以前から知っていたはずなのに、あらためて驚愕を覚える著者。
著者はトランプ一家とは無関係に不動産業で仕事をしたがドナルドの政界進出によってトランプの名前が重荷になり、上司から自分の名前を出さないよう求められたり、取引相手から担当を変えてくれと要求されることも。ある企業を解雇されたのち、自分の経歴が活かせそうな会社に就職活動をするもトランプの名前のせいで拒否されたり、重度障害児を持つ親を支援するためのチャリティイベントを主催しようとしても「障害者を殺そうとしているトランプにチャリティイベントを行わせるな」という抗議の署名活動が起きるなどし、そうした状況はドナルドが記者会見で障害のあるジャーナリストの質問に答えるのではなくかれのモノマネをしてからかうような発言をしてからさらに悪化する。しかし著者は妹のメアリーと異なり一家との関係を打ち切ろうとはせず、公にドナルドを批判することも極力避けてきた経緯があり、「どうしていまこの本を出したのか」という疑問は膨らむ。
最後まで読んでもその理由は説明されないけれど、おそらくドナルドの兄弟姉妹のうちロバートとマリアンの二人が近年相次いで亡くなり、残るはドナルドとエリザベスの二人だけになったことが関係しているのではないかと感じさせる。トランプ一家のなかでもドナルドの世代のほとんどは他界し、同時に著者が幼いころから親しくしていた人たちがいなくなったことで、これまで息子のケアのために続けざるをえなかった関係が精算されてきた。また、その息子も最も危険が多い年齢を生き延び、きちんとしたケア体制を築くことができたので、かつてほど一家の資金援助––そもそも遺産を奪われなければ援助される必要もなかったのだけれど––に依存していないという理由もあるのかもしれない。いずれにせよ、すでにメアリーの本によって暴露されていたトランプ一家の奇妙な関係性に加えて、ドナルド・トランプの障害者に対する本音が家族の一員によって暴かれるのが本書だった。