Francis S. Collins著「The Road to Wisdom: On Truth, Science, Faith, and Trust」

The Road to Wisdom

Francis S. Collins著「The Road to Wisdom: On Truth, Science, Faith, and Trust

国際ヒトゲノム計画の責任者を経てアメリカ国立衛生研究所長を務めた医学研究者であり、敬虔なキリスト教徒として信仰と科学の関係についての発言でも知られる著者が、自身が仲間だと思っていた白人福音主義キリスト教徒たちからコロナ対策をめぐってやり玉に挙げられた経験を通して改めて科学の信頼性と信仰の価値を訴える本。

著者は2006年に出版した「The Language of God: A Scientist Presents Evidence for Belief」が『ゲノムと聖書:科学者、〈神〉について考える』(2008年刊)・『DNAに刻まれた神の言語 遺伝学者が神を信じる理由』(2022年刊)と日本でも二度出版されている。共通の信仰があるジョージ・W・ブッシュの政権で政府の中枢に関わりだし、オバマ政権で国立衛生研究所所長に任命されトランプ・バイデン政権でもそのポジションで配下にあたるアメリカ国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ医師らとともにコロナウイルス・パンデミック対策の先頭に立った。

しかしコロナ対策をめぐっては、当初は感染経路やSARS-CoV-2の特性が判明していなかったり、とにかく爆発的に感染が拡大しコロナ以外の医療体制まで崩壊しつつあったこともあり、慌てて取った方針の一部はあとから見れば間違っていたり、感染を減らすためには正しくても経済や教育、精神医療などの側面で大きなコストを生むことを見逃してしまっていた。その結果、公衆衛生行政に対する不審は広まり、それに便乗してさまざまな荒唐無稽な陰謀論が広められたが、そうした陰謀論を拡散している人の多くは著者と同じ白人の福音主義キリスト教信仰者たちだった。ファウチ氏ほどではなかったとはいえ著者もそのやり玉に挙げられ、いわれのない誹謗中傷の対象となる。またそれだけでなく、同じ人たちによって民主党の政治家たちが子どもを性的虐待する地下ネットワークを形成しているというQアノンの陰謀論や、2020年大統領選挙の結果が不正に変更されたという説なども拡散されており、政治的暴力も頻発した。

著者によれば、客観的事実の存在を軽視して相対主義的な価値観を主張するのは本来は左派に多い態度だったが、最近では右派や保守派、福音主義キリスト教徒たちが科学的事実を否定し感染症や選挙結果、気候変動などについて事実に反した突飛な主張を受け入れてしまっている。本書はそうした人たちに対して、科学の考え方やその手法が自身の信仰とどのように両立するか説明しつつ、確からしさの度合いをどう判断し、なにを事実だと認定するのか、ある事実が主張されたときにそれをどう検証するのかといった、一種のメディアリテラシー的な対応を勧めている。著者と同じ信仰を持つ人にその主張がどれだけ有効なのかわたしには判断がつかないけれども、キリスト教ナショナリズムそのものに対処しないままリテラシーだけでいまの混迷を抜け出せるのかと考えると疑問。