Eoin Higgins著「Owned: How Tech Billionaires on the Right Bought the Loudest Voices on the Left」

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Eoin Higgins著「Owned: How Tech Billionaires on the Right Bought the Loudest Voices on the Left

マーク・アンドリーセンやイーロン・マスク、ピーター・ティールら口先ではリバタリアニズムや自由を主張しながら極右に加担し権威主義的な政治を推進するテック富豪たちが、かつては左派やリベラルに属するまともなジャーナリストと思われていたGlenn GreenwaldやMatt Taibbiをどのように手駒にするの至ったのか、その利益供与の仕組みを明らかにする本。

わたし的にはTaibbiについてはあまりよく知らず、ツイッター社を買収した直後のマスクから社内のやり取りの記録を与えられ「ツイッター文書」として旧経営陣の政治的偏向を分析する記事を書いた人だという印象しかない。実際のところツイッター文書で証明されたのはそれまでにツイッター社が行っていた説明が正しかったことだけだったし、同社の判断が間違っていたケースでもそれは社会的責任を果たそうと悩んだ結果であり政治的偏向とは関係なかった。それに対しGreenwaldはジョージ・W・ブッシュ大統領によるイラク侵攻や人権の制限に対する批判的な論調や、エドワード・スノーデンから機密文書を受け取り米国を筆頭とした民主国家による市民監視の実態を暴露したことで知られるジャーナリストだけれど、最近ではトランプやロシアの擁護を繰り返すようになっている。かつてはウィキリークスにイラク戦争の真実をリークして投獄されたチェルシー・マニングに対するトランスフォビックな攻撃を批判していたGreenwaldがいつの間にか反トランス的な攻撃に加担しているのも残念。

かれらが論調を変えた表向きの理由は、2016年大統領選挙でのヒラリー・クリントンの敗北を受け入れられないリベラルや主要メディアがトランプのあら捜しをしたりロシアの介入のせいだと騒いだりするのが許せなかった、ということなのだけれど、本書はアンドリーセンら右派に加担するテック富豪たちが作り上げた新たなメディア環境、具体的にはYouTubeより規制がゆるく右派のたまり場になっている動画サイトRumbleやナチスにも言論の自由を認めると公言しているニューズレター配信サービスSubstackなどが陰謀論や排他主義的・権威主義的な言論を収益化したことの影響が大きいと指摘している。編集やファクトチェックを受けずに発信できるこれらのメディアではより視聴者におもねるような過激な言説が収入につながり、それにより社会の分断化が加速的に進んでいく。

主要メディアでは極端な陰謀論やヘイトを拡散するコメンテータは出演できなくなるし、少なくともかつての大手ソーシャルメディアでもそうした発言はアカウント停止やバンに繋がったが、RumbleやSubstack、マスク買収後のツイッターなどではそのようなチェックを意図的に働かせないことで、陰謀論やヘイトの拡散が収益につながるようになった。テック富豪たちは直接かれらにお金を出して買収するのではなく、「言論の自由絶対主義」「キャンセル・カルチャー反対」を掲げつつ、極右的な主張がダイレクトに収益につながる仕組みを作り上げることで、かつてはまっとうなジャーナリストとみなされていた人たちを取り込むことに成功した。

地方の新聞や雑誌の廃刊が相次ぎ、残るメディアも寡占化やテック富豪による買収が進むなか、ジャーナリストの正規雇用の縮小とフリーランス依存、そしてAIによるニュース記事生成などが進んでいる。まっとうなジャーナリストがまっとうな仕事で生活できる体制をつくることは民主主義にとって死活問題なのに、まっとうでない方法のほうが儲かる仕組みばかりが影響力を得ているのが現状。右派以外の人たちもちゃんとした仕事をしているジャーナリストに課金しようよ!とは思うのだけれど、それでどうかできる段階ではないので、やっぱりそれなりの規模の公共放送って必要だなあと。