Corinna Barrett Lain著「Secrets of the Killing State: The Untold Story of Lethal Injection」
斬首刑・銃殺刑・電気椅子などと比べより死刑囚が苦しまずに済む人道的な死刑の手法としてアメリカ各州および連邦政府によって採用された薬殺刑が、しかしその実態において多くの死刑囚たちに激しい苦痛を与えている実態を告発する本。たまに薬殺刑がうまくいかずに受刑者を不必要に苦しめたという報道を目にすることがあったが、そうしたケースが決して例外ではなくむしろ常態であることが次々に明かされる。
薬を使った安楽死自体は、末期症状に苦しむペットの安楽死が獣医によって長く行われてきたし、最近では一部の国や地域において同じく末期症状に苦しむ人間の患者の尊厳を守るための医師幇助自殺の法制化が進むなどしており、医学的には確立されている。だから多くの人は薬殺刑をその延長で想像し、薬を与えられた死刑囚が眠るように安らかに亡くなるイメージを抱いてしまうが、その実態はまったく異なる。原則的に医師や薬剤師など医療関係者は職業倫理の制約や個人的な信念から死刑の実行には参加しないため、使われる薬やその分量も医学の知識を持たない政治家や役人が決め、多くは長年の薬物使用や収監・加齢により弱っている死刑囚に静脈注射するための血管が素人の担当者には見つからず何時間もかけて何十回も針を刺すことも少なくない。
そもそも薬殺刑は医療でなく医学的研究も行われていないので、どの薬をどれだけ使えばいいのか判断できる人も少ない。ある州では担当者がグーグルで薬の致死量を調べたが、その数字は通常の医療のために薬を使ったとき間違って服用すると副作用で命を落とす可能性がある分量であり、確実に死をもたらす量ではなかったため、死ねないまま何時間も苦しむ羽目になったり。死刑執行の現場で死刑囚があまりに苦しんでいると気まずいので筋肉を弛緩させて苦しんでいても体を動かせず声もあげられないような薬を追加で使って誤魔化したりしている。死刑の方法を死刑囚が選べる州では、ものすごく苦痛があるけど数分もあれば確実に死ねる電気椅子のほうがいいと言う人も多い。
しかも近年、世界各地で死刑を人権侵害と考える潮流が広がり、死刑に使われる可能性のある薬のアメリカへの輸出が規制されたり、死刑に使われると企業イメージが傷つくことを恐れる製薬会社からは搬入を拒否されることも増えている。このところ薬剤不足から薬殺刑が延期されたというニュースが立て続けに起きているのを聞いて、ペットの安楽死はいくらでも行われているのになんでだよと思っていたけれど、それが原因。各州は極秘に中国やインドの会社に死刑に使うための薬を発注して、当然そんな薬の輸入は法的に認められないわけだけど役人自身が密輸して州に持ち帰るということも。
もうこれが政府のやることかと思うほどむちゃくちゃすぎるわけだけど、死刑囚が何時間ものあいだ激痛に苦しんだのち亡くなった、というニュースがあっても死刑を支持する政治家たちは「死刑囚はむしろ苦しんだほうがいい」と状況を放置。もし医者や製薬会社が参加すればペットの安楽死と同じ程度には安らかな死刑を執行することができるはずだけれど、そんなこと強要できないし、どれだけ見た目を変えようと死刑そのものの非人道性は取り除けない。著者はおそらく死刑そのものに反対しているけれどその結論を積極的に主張するのではなく、刑罰がどうあるべきか考えるうえで少なくとも実際にわたしたちの名のもとにどのような殺人が行われているのか直視することからはじめるよう訴える。