Deborah H. Archer著「Dividing Lines: How Transportation Infrastructure Reinforces Racial Inequality」

Dividing Lines

Deborah H. Archer著「Dividing Lines: How Transportation Infrastructure Reinforces Racial Inequality

1950年代以降、人種隔離政策が違憲とされたアメリカで、公共交通政策が人種隔離と人種間経済格差を温存・強化するために使われた、あるいは直接そうした意図がなくても一見中立なしかし人種間格差の存在を考慮しない設計により同じ結果をもたらしてきた歴史を示す本。

第二次世界大戦後のアメリカで退役軍人を対象としたGI法やその他の施策により主に白人の大学進学と持ち家所有が広まったが、それとともに進んだ郊外化(白人家庭の都市部から郊外への脱出)の背景に、黒人コミュニティの破壊をその目的の一つに掲げた(「一石二鳥の」)アイゼンハウアー政権からはじまった高速道路網整備政策があったことはRichard Rothstein著「The Color of Law: A Forgotten History of How Our Government Segregated America」などでも説明されている。全国で100万人以上の、多くは黒人たちが高速道路建設のために立ち退きさせられただけでなく、コミュニティにとって重要な教会や商店なども失われ、高速道路によって残されたコミュニティも物理的に分断され、また騒音や大気汚染による健康被害も広がるとともに地価が下がり黒人たちの資産が一気に失われた。また郊外では住居における人種差別が禁止されたあとも、ありとあらゆる方法で黒人の入居を妨げる合法・非合法な制限が続いた。

本書はこうした高速道路整備政策が人種隔離と黒人の資産簒奪に寄与した話にはじまり、都市内の公共交通機関や道路の設置、歩道の整備など、都市の設計や予算の配分において白人住民たちの要望が優先され、黒人たちが通勤や通学に必要な交通機関へのアクセスや安全に移動するための経路を奪われていることを指摘する。白人が住む地域を黒人が住む地域から物理的にも概念的にも切り離すために道路の一部が通行禁止にされたり地域によって道路の名前が変えられる、都市に住む黒人が郊外に来ることを避けるために公共交通機関の設置に白人たちが反対したり、黒人コミュニティでは歩道や横断歩道がなく整備もされていない危険な道路が放置されている(そして「危険な道路を歩いている、横断歩道でない場所をわたっている」として歩行者が逮捕される)一方、白人コミュニティは頻繁に整備され安全に保たれる。

このところシアトルなどホームレスの問題が深刻な地域では、住居の供給を増やすために都市開発や建設に対するさまざまな規制を撤廃すべきだという主張が(主に白人の)YIMBYやアーバニストと呼ばれる進歩派の人たちのあいだで広がっているが、政府が推進した再開発によってコミュニティを破壊された経験のある黒人コミュニティやその他の非白人のコミュニティからはこうした主張に対する反発が強い。YIMBYやアーバニストは白人たちが多く住む一戸建て住宅が多い地域こそより多くの人が住むことができる集合住宅の建設を求めているのだが、ただ規制緩和するだけでは、より安く、そしてより政治的な抵抗を受けずに再開発ができる黒人居住地域に負担が集中してしまう。本書で包括的に解説された数々の事例は、都市設計や公共交通網設計において、人種間の経済的・権力的な格差を考慮に入れた黒人コミュニティの利益を守るための指針が必要とされていることを示している。