Dana A. Williams著「Toni at Random: The Iconic Writer’s Legendary Editorship」
20世紀のアメリカを代表する作家の一人でノーベル文学賞受賞者でもある黒人女性トニ・モリスンの編集者時代の業績に注目した伝記。モリスンの作品の社会的・文学的な重要さは言うまでもないけれど、彼女が作家として生計を立てられるようになるまでの期間、どのようにして曲者揃いの作家や詩人らの創作活動を支え、黒人文学の出版と普及に務めたかが記されている。
子どものころから優秀で学校では白人の教師を知的に脅かす(そしてそのせいで一家がリンチに怯える)ほどだったモリスンは、ハワード大学・コーネル大学大学院を卒業後、大手出版社の一つであるランダムハウスに初の黒人女性編集者として採用される。当時は黒人公民権運動が一定の成果を挙げたものの指導者らの暗殺が相次ぎ、ブラック・ナショナリズムの機運が高まる時期だったが、黒人は本を読まない、黒人の著作は(白人の読者にアピールするような内容でなければ)売れない、という認識が強かった。そういうなか、仕事を続けながら自由時間に執筆したデビュー小説「The Bluest Eye」が評判を読んだモリスンは、自身の名声をの利用してランダムハウスの上層部を「良質な作品を出版すれば黒人の著作は売れる」と説得するとともに、黒人社会に対しても「黒人には出版社を振り向かせるだけの購買力がある、黒人たちが本を買えばもっとたくさんの黒人の書籍が出版される」と呼びかける。
そもそも黒人作家たちは、それまで大手出版社から相手にされてこなかったこともあり、本をどう売るか、作家としてのキャリアをどう成り立たせるかといったことに関して知識が乏しかった。おまけに作家の多くは内向的でプロモーション活動をやりたがらなかったり、表紙や宣伝方法に謎のこだわりがあったりして必ずしも協力的ではなく、モリスンは必死にかれらを支え導いていく。小説に比べて利益が出にくく、内容の構成や順序を決めるのが面倒だったり既に発表されているものの再掲が多く権利関係もややこしい詩集をランダムハウスから出すために彼女が費やした労力はおびただしい。また、売ることを重視しなければいけないのは商業出版の編集者として当然だけれど、モリスンはそれだけにとどまらず、利益が出なくても黒人コミュニティにとって価値のある本を出版するために力を尽くす。
編集者としてのモリスンが支援する黒人作家たち、とくにほかの黒人女性作家たちは、作家としてのモリスンにとっては競争相手でもある。出版社でも書店の棚にも黒人女性には目に見えない枠が付けられ、同時にプロモーションされる席に限りがあるにも関わらず、モリスンは黒人社会が複数の黒人女性作家の作品を買い支えてくれると信頼して、ときにほかの作家の才能に嫉妬しつつも、適切なアドバイスを行う。トニ・ケイド・バンバラなんて同じ黒人女性作家というだけでなく名前も同じトニで、どう考えても世間に混同されるおそれもあるのに親身になって支えてるし。もしモリスンがもっと早く専業作家として生活できるようになり、編集者として仕事をしていなかったら、もしかしたらわたしたちはもっと多くの優れたモリスンの小説を読めていたかもしれないけれど、それを差し引いても彼女によって世に出された多数の作品(巻末にリストがある)の価値は膨大。
モリスンが編集者として仕事をした、ジューン・ジョーダン、ニキ・ジョヴァーニ、アリス・ウォーカー、アンジェラ・デイヴィスら憧れの作家や詩人、大学教員、活動家らとの時には激しい喧嘩も起きた親密な交流についての記述も楽しくて、最初は「編集者時代の話にフォーカスするって、それって一冊の本として大丈夫なの?」と思ったけど、読んでみたらモリスンがわたしが思っていた以上にアメリカ文学の巨人であることを思い知らされた。カッケー。あと編集者の仕事の大変さもあらためて分かった。