Chanelle Gallant & Elene Lam著「Not Your Rescue Project: Migrant Sex Workers Fighting for Justice」

Not Your Rescue Project

Chanelle Gallant & Elene Lam著「Not Your Rescue Project: Migrant Sex Workers Fighting for Justice

カナダとアメリカで性労働をしている、もしくは性労働に従事していると世間に見なされている移民労働者たちの自由と権利を求める運動についての本。著者の一人Lamは香港出身の活動家でカナダ・トロントで主にアジア系移住性労働者の支援活動をしている団体Butterflyの創設者で、もう一人のGallantは過去20年以上にわたってわたしの知る限り北米の性労働者運動のなかで最も人種差別や国家による暴力について優れた活動を行っている白人の活動家。どちらも昔からの知り合いで、マッサージ店で働いているアジア系移住労働者支援の活動を行っているシアトルの運動についてわたし自身も取材を受けている。

アジア人女性は古くから「アジア人女性は控えめで自己主張ができない」「アジアの家庭は借金のかたに娘を業者に売り飛ばす」という二重のステレオタイプによって売春婦もしくは性的人身取引被害者とみなされ、奴隷解放後のアメリカでアジア人男性が労働力として導入されるようになってからもアジア人女性の入国は厳しく管理された。それはか弱いアジア人女性の保護という口実を取りながら、その実、異人種間の結婚が禁止されていた、あるいはタブーとされていた当時のアメリカにおいて、一時的な労働力として輸入されたアジア人男性労働者たちがアメリカに定住するのを防ぐためのものでもあった。アジア人女性がアメリカやカナダに入国する際、「売春目的ではないか」と疑われ、その係官の判断で一方的に入国を拒否されるというパターンは、いまも続いている。またアジア人女性は、2021年にジョージア州アトランタ地域で複数のアジア系マッサージ店を襲撃し8人を射殺した犯人がセックス依存症の悩みを動機として挙げたことに典型的なように、存在しているだけで性的に(白人)男性を魅惑する存在として扱われる。こうした風潮に対してアジア系アメリカ人コミュニティの一部では、アジア人女性に対する偏見を助長するとしてアジア人性労働者たちに厳しい目を向ける傾向もある。

20世紀終盤、売買春の取り締まりは売買春を減らすのに有効でないこと、合意ある性行為を処罰する理由がないこと、売買春に暴力などの問題があったとしても取り締まりはそれをさらに悪化するだけであることなどから、多くの先進国では売買春の合法化や非犯罪化の主張が支持を集めていた。そこに登場したのが国際的な性的人身取引の取り組みだが、そのなかで性的人身取引と合意ある性売買は混同され、性的人身取引の被害者を救うためには性売買を取り締まるべきだ、という議論が広まった。一般論としては売買春の合法化や非犯罪化に理解を示す人、なかには一部の白人性労働活動家ですら、上記の偏見により性労働に従事するアジア人移民女性は性的人身取引被害者だと決めつけ、警察や移民局による取り締まりや摘発が横行することになる。そうした摘発が行われるたび、メディアは「○○人の性奴隷が解放された」という警察の発表をそのまま宣伝するが、実際のところ彼女たちのほとんどは性的人身取引の被害者ではない移住労働者たちであり、警察によって逮捕され国外追放されたり、職場と住居を奪われたり、隠し持っていたお金や携帯、パスポートなどを押収されている。

実際のところ、彼女たちが北米のマッサージ店で勤務している理由は、ホテルの清掃員やお金持ち家庭のハウスキーパーなどさまざまな職種で働いているほかの移民女性労働者たちと変わらない。その理由は故郷での貧困や機会の欠如であったり、紛争や気候変動によって難民状態になっていたりすることであり、正式に労働ビザを得て本国で携わっていたであろうものと同じ職種で就職することが困難だからだ。また彼女たちにとっては自分で家を借りたり免許を取って車を運転するハードルが高く、同じ言葉を話す同僚がいて従業員用の住居を持っていることが多いマッサージ店はほかの業界に比べて仕事がしやすい。彼女たちは必ずしも性労働をしているわけではないが、性労働自体が違法かつタブーであるために自分がどこまでサービスを行うのか説明することが難しく、期待した性的なサービスを受けられないことを知った客に襲われることもあるが、性売買は存在しない建前になっているせいで彼女たちは同僚しか頼れる人がいない。アジア人移民女性たちがこうしたマッサージ店で働いていることには、そして彼女たちの安全を脅かしているのは、彼女たちを人身取引しようとしている黒幕ではなく、移民制度や住居政策の不備や、性的人身取引捜査を口実とした警察による暴力だ。

本書は性労働の非犯罪化を「現状をよりマシにする改革」として肯定しているが、それはゴールではない。ゴールとなるのは国際的な経済格差の是正であり、現実に基づいた移民法や労働法の改正であり、暴力によって物事を解決する警察や刑事司法制度を移民女性労働者たちから遠ざけることだ。著者らは「性的人身取引」としてごちゃまぜにして語られるさまざまな問題を、移民や民族的・言語的マイノリティなど相手の弱みに付け込む労働搾取の問題、支配的な関係性を通して性労働を強要したり(そうした関係性から逃れる手段にもなりうる)性労働を辞めさせたりする関係性の暴力の問題(ドメスティック・バイオレンス)など細かく切り分け、「性的人身取引」という概念がそれらに取り組むうえでまったく役にたたないことを示すとともに、「性的人身取引」に反対する運動が移民排斥や家父長制的なジェンダーやセクシュアリティの強要など国際的な右派ファシズムの運動の一部となっていることを指摘する。アジア人女性は「自己主張のないか弱い存在」として、そうした国際的な右派ファシズムにフェミニスト的な正当性を与えるために利用されている。

本書ではまた、章の合間にButterflyが長年かけて集めてきた移住性労働者たちの声を多数紹介しており、それだけでもこの本が出版された意味があるくらい。受動的な被害者としてのみ想像されるアジア人性労働者たち(男性も含む)が実際にどういう経験をしているのか、世の中にどうなって欲しいと思っているのか、性的人身取引周辺の運動やキャンペーンに関わる人たちにはきちんと耳を傾けてほしい。アメリカの反性的人身取引団体がタイや中国で行っている活動を批判的に検証したElena Shih著「Manufacturing Freedom: Sex Work, Anti-Trafficking Rehab, and the Racial Wages of Rescue」と一緒に、全員読め。