Carole Hooven著「T: The Story of Testosterone, the Hormone that Dominates and Divides Us」
もともと近いうちに読む本のリストの中には入ってたけど、FOX Newsに登場したことで批判されていたので急いで読んだ。生物学者の立場からテストステロン(いわゆる男性ホルモン)が人間の身体と脳に与える影響について丁寧に解説している。動物研究からインターセックス・DSD研究、そしてトランスジェンダーの人たちの経験などを取り上げているけど、後者に行けば行くほど論拠が弱くなっている気が。トランス女性がホルモン摂取をはじめたら性欲が女性的に変化し、逆にトランス男性は男性的に変化したとか、個人の感想ですとしか。まあ著者もプラシーボ効果があるかもと一応断ってはいるけど。
女子スポーツにおけるキャスター・セメンヤさんやトランス女性アスリートの話題も取り上げ、自分は誰が女子競技への出場を認められるべきか判断できないし、なんらかの主張をするつもりはないとしつつ、テストステロンが発達上の各段階でどのように運動能力に関係するか丁寧に説明するあたりは参考になる。著者はたびたびテストステロンの影響を小さく見積もる論者に対して批判をくわえている。具体的にはCordelia Fine著「Testosterone Rex: Myths of Sex, Science, and Society」やRebecca M. Jordan-Young & Katrina Karkazis著「Testosterone: An Unauthorized Biography」 など最近のフェミニスト研究者による書籍への反論になっているので、それらの本も合わせて読むとより議論がクリアになると思う。生物学の観察や記述にジェンダーバイアスが潜り込むことに警鐘を鳴らす立場と、そうした批判を受けつつより緻密な研究を目指す立場は、どちらも必要。