Brandon L. Garrett著「Autopsy of a Crime Lab: Exposing the Flaws in Forensics」

Autopsy of a Crime Lab

Brandon L. Garrett著「Autopsy of a Crime Lab: Exposing the Flaws in Forensics

犯罪捜査で使われたり刑事裁判の証拠として提出される指紋鑑定など科学的とされる捜査手法がいかに頼りなく、にもかかわらず専門家によって決定的な証拠であるかのように提示され多くの人たちの公正な裁判を受ける機会を損なってきたか告発する本。著者はデューク大学の法学者で、無実の罪で有罪判決を受けた人たちの自由を勝ち取る活動にも関わっている。2004年にスペインで鉄道を標的としたテロ事件が起きた際、爆破装置を仕掛けたカバンから採取された指紋がFBIデータベースに入っていたオレゴン州ポートランド在住のイスラム教徒の弁護士のものとマッチしたとして弁護士は逮捕されたけれど、かれは一度もスペインに行ったこともなく全くの無関係。結局スペインで別の犯人が逮捕され、FBIはかれに謝罪することになったけれども、科学的捜査の不確かさが注目を集めた事件だった。たまたまかれが弁護士で、しかも大きな事件だったからこそ再検証されたけれども、多くの貧しい犯罪容疑者たちは捜査側の間違った科学的証拠に反撃することは難しい。なんの覚えもないことで突然逮捕され、お前がやったという決定的な科学的証拠はこれだ!と突きつけられるとか、まじ怖くてしかたないけど、実際に多くの人に起きたこと。

指紋だけでなく、噛みつき跡や毛髪や声紋、撃たれた銃弾と銃のマッチなど、事件の物証となるさまざまなものについて警察や検察によって鑑定が行われ、裁判に証拠として提出されているけれど、それらの多くは科学的な検証によって有効性が確認されているわけではない。専門家たちは「完全にマッチした」「他の人物であることは現実的に考えにくい」「数百万人に一人の確率」など証言し、それが裁判で証拠として採用されるけれども、実際のところ指紋や噛みつき跡の正確な統計データベースがあるわけでもなく、鑑定がどの程度正しいのか、どの程度の誤差があり得るのかなど誰も説明できない。ほとんどの専門家は警察や検察のために働いており、被疑者に有利な結果が出てもそれを隠して「十分な情報が得られなかった」などと報告する場合も多い。被疑者側が独自に鑑定を依頼しようものにも、多くの場合はその費用を捻出できないし、検察側に有利な物証しか表に出てこないのでそれ以外にどういう物証がありどういう鑑定が可能なのかも分からない。

近年採用が広まっているDNA検査は、統計的な分析が可能な点でほかの物証より信頼性が高いけれども、捜査官が犯行現場を荒らしてしまったり証拠品の管理を間違ったりして台無しにしてしまったり、その他のミスや不正によって正しいデータが入力されないことも多い。有名なO.J.シンプソンによる配偶者殺害疑惑では、捜査官が証拠品のシンプソン被告の血液サンプルを不正に持ち出していたことがわかり、それを使って別の物証に血液をあとから付けたのではないかと言われたけれども、シンプソンのような有名人やお金持ちでなければ不正が発覚せずあっさり有罪になっていた可能性が高い。事実、指紋や毛髪や銃の鑑定など科学的な有効性が認められない証拠によって有罪となった多くの人たちが、のちにDNA検査によって無実だと証明されて釈放されている。

科学的捜査が有効だと認められるためには、統計的な根拠を持ち、どれだけの確度で被疑者本人と結び付けられるのか、誤差はどれだけなのかなど、科学的に説明できなければいけないし、複数の人が検査して同じ結果が出るようでないといけない。また、現場の捜査官や捜査ラボにおける不正やミスを防ぐために、それらのラボが常に信頼できる結果を出しているかどうか、定期的に抜き打ちで調査する必要がある。また、今後さらに顔認識やその他のデジタル監視技術や人工知能を使った捜査が広まると思われるけれど、どうして自分が疑わしいとされたのか誰にもわからないようなブラックボックスによる裁判は被疑者の権利を侵害するので、そうならないようにアルゴリズムやソースコードを公開できないツールは裁判で採用されるべきではないとも。現状、アメリカでは各州あるいは地方の小さな警察署を含め各自治体が独自に科学的捜査の基準を設けて(あるいは設けずに)裁判に証拠を提示しているけれども、一定の信頼性を達成するためには全国一律の基準を定めるべきだ、と著者は主張する。