Antony Loewenstein著「The Palestine Laboratory: How Israel Exports the Technology of Occupation Around the World」
イスラエルの政府・産業が一体となって軍事技術、とくに市民の監視や行動制限に使われる技術の実験場としてパレスチナを利用しそうした技術を洗練させ、世界各国に売り込んでいる事実を事細かく指摘している本。著者は祖父母がナチスを逃れてオーストラリアに移住したユダヤ系家庭で育ち、ユダヤ人にとってのイスラエル国家の重要性を教え込まれて来たが、アパルトヘイト国家となったイスラエルに大人になって批判的になったジャーナリスト。
イスラエルは自らを「スタートアップ国家」と位置づけ、多数のテクノロジー企業を生み出しているが、それらの多くが政府や軍で行われた研究を元に起業されており、サウジアラビア政府によって殺害されたジャーナリストのジャマル・カショギ氏のスマホを監視するために使われたスパイウェアのペガサスを売り込んだNSO Groupや2016年アメリカ大統領選挙でトランプを当選させるため工作したPsy Groupをはじめ、市民の監視や行動制限に使われるドローンや人工知能のテクノロジーでは世界有数の地位を得ている。それらはテロ対策を口実としたパレスチナの一般市民に対する監視や行動制限にまず使われ、それが地中海やメキシコ国境での難民流入に悩むヨーロッパやアメリカでも採用されているほか、上記のサウジアラビア政府はじめ多数の専制国家によって市民運動やジャーナリズムを弾圧するためにも使われている。
もちろんこれはイスラエルに限った話ではなく、アメリカや中国、ロシアなどもイスラエルと並んでそうした技術を発達させており、それぞれの国内で難民の排除や市民運動への監視・弾圧、少数民族に対するジェノサイドなどに使われているが、イスラエルはパレスチナという巨大な実験場を通してそれらの技術をおっぴらに実験・改良し、その成果を世界中に売り込んでいる。そうして売り込まれている先の国の多くは独裁国家や専制国家であるだけでなく、反ユダヤ人的な傾向が強い国も多く、たとえば世界中から孤立したアパルトヘイト時代の南アフリカの白人政権や、アルゼンチンなどナチスの元幹部を庇護していた南米の独裁政権に対しても軍事技術を売り込んでいた。当時の南アフリカ政府は人口の多数を占める黒人たちをバントゥースタンと呼ばれた別のミニ国家や自治区の市民であるとして南アフリカの市民権を認めなかったが、イスラエルがパレスチナに対して行っているのもこれと同じであり、イスラエルの管理下に置き市民生活を圧迫しながらイスラエル市民ではないからと権利を剥奪するとともに、正式な独立国家でもイスラエルの一部でもない、なんの権利も持たない、兵器や市民監視・管理技術の実験場としてパレスチナが存続させられている。
昨年10月以来のイスラエル政府・軍の動きは、今度こそパレスチナを完全に破壊し尽くし、すべてのパレスチナ人住民を周辺国に追放しようとしているようにも見えるけれど、同時にイスラエルは軍事技術の実験場としてパレスチナを必要とし、その存在に依存してきたのも事実。イスラエル国内でもさまざまな意図がせめぎ合っているのかもしれないけれど、仮に現在進行中の軍事攻勢がいったん落ち着いたとしても人道危機の解消には程遠いことは覚えておきたい。