Andy Clark著「The Experience Machine: How Our Minds Predict and Shape Reality」

The Experience Machine

Andy Clark著「The Experience Machine: How Our Minds Predict and Shape Reality

生まれながらのサイボーグ 心・テクノロジー・知能の未来』『現れる存在 脳と身体と世界の再統合』が日本語でも出版されている哲学者にして認知科学者の著者の新作。著者の持論である「予測する脳」のモデルや脳の身体外への拡張について詳しく説明する。

著者によれば人間の脳は、視覚をはじめとする五感を通して外部から一方的に情報を取り込んで分析するのではなく、それらを統合して予測を立てることでより効率的な反応を可能にしており、その予測自体が五感に干渉して情報をわたしたちの経験を形作っている。その結果わたしたちの脳は見えないものを見、聞こえないものを聞き、原因のない痛みや温かさなどすら感じることができるが、これらは脳のバグではなく進化的に有利な機能による作用だ。こうした機能により、わたしたちは自分を取り囲む環境について完全な、あるいは確実な情報を得ずとも、フィードバックを通して順次修正される予測を通して適切な行動を取ることができる。

著者は「予測する脳」というモデルを通して脳の統合的な理論を打ち立てようとしており、自閉症スペクトラムや統合失調症、鬱、PTSDなどさまざまなニューロダイバージェントな状態について合理的な説明を提供するとともに、同じく著者が持論としている脳の拡張理論——日記、メモ、スマホなどによる脳の補佐を脳内の記憶やプロセスと等価に置き評価する考え方––に接続する。認知科学による実験や医療におけるミステリー的な逸話など豊富な実例により、いつのまにか「そりゃそうだろ」と当たり前のように思わされてしまうけど、考えてみればいろいろ刺激的な内容。著者の主張は脳のはたらきについて新たな考え方をあたえてくれるほか、医療のあり方や人工知能の設計についてなどさまざまな示唆を与えてくれる。