Victoria Law著「Corridors of Contagion: How the Pandemic Exposed the Cruelties of Incarceration」

Corridors of Contagion

Victoria Law著「Corridors of Contagion: How the Pandemic Exposed the Cruelties of Incarceration

コロナウイルス・パンデミック勃発時に刑務所に収監されていた人たち、とくに女性やトランスジェンダーの人たちの証言を通して、パンデミックがどのようにして刑務所の残虐性・非人道性をあらためてあらわにしたか説明する本。著者は有名な監獄廃止論者のジャーナリストで、前著「”Prisons Make Us Safer” and 20 Other Myths About Mass Incarceration」はいまでもお勧めの監獄廃止論入門書。

まあ、とにかくひどい。まともな弁護も受けられずに刑務所に送られた多くの人たちが、外部の情報も満足に入らないまま、外部の人でも当初はよくわからなかったパンデミックに晒されただけでなく、看守や看護師など刑務所で働く人たちのあいだでも感染が広まったことで人員不足に陥ったことで、医療どころか食事の配給すら切り詰められ、定員の倍もの人たちが押し込まれた小さな檻のなかで「感染予防のため」として身動きすることすら認められず、感染が明らかになると懲罰用の独房に隔離される。家族らとの面会も禁止され、外部に電話をかけたりシャワーを浴びることもできなくなる。非人道的な環境のなかで、なんとか人間らしさを保つための手段を奪われ、モノのように扱われる。

そのうちワクチンが開始されたが、はじめそれを受ける資格が与えられたのは看守などの職員だけ。ところがトランプ支持者が多い看守の多くがワクチンを拒否した結果、超低温での保存が必要なワクチンが無駄になるよりはと収容者たちにもオファーされるのだけれど、もともと収容者がワクチンを受けることは想定外なので、十分な効果を得るために必要とされる二度目の接種はなし。しかも情報源が限られている収容者たちに対して、看守たちがワクチン陰謀論を宣伝するものだから、感染(および懲罰房での隔離)の恐怖と陰謀論からの恐怖を天秤にかけることに。もともと医療が劣悪で、怪我や病気の訴えをきちんと聞いてもらえない収容者たちが、突然「あなたの健康を守るために必要です」と言われてもワクチンを信用できないのは当たり前でもある。

2020年の春には、刑務所内での感染を減らすために多くの人たちが刑務所や留置所から釈放され、久しぶりにアメリカにおける収監者の数が大きく減ったと言われたが、実際に釈放された人の大部分はもともと刑期が短い罪で起訴された人や、刑期終了が迫っていた人たち。その一方で刑務所に収監されていた人たちは、多数の人たちと狭い空間で密着させられ、免疫の維持に必要な食事や休憩を十分に取れず、感染したら懲罰房、という理不尽な状況に置かれた。しかしもちろん、これはパンデミックの発生により想定外の残虐な状態が生じたという話ではなく、刑務所そのもの、少なくとも現代アメリカにおける刑事司法制度そのものの残虐性や非人道性が、パンデミックにより剥き出しになったのだと著者は指摘する。

先に紹介したAlice Driver著「Life and Death of the American Worker: The Immigrants Taking on America’s Largest Meatpacking Company」にも書かれていたように、アメリカ国内で最も大規模なCOVID-19のクラスター感染が起きたのは刑務所と精肉工場だった。そしてそれは決して偶然ではなく、刑務所と精肉工場のそれぞれにもともと存在した残虐で非人道的な環境がコロナウイルス・パンデミックの発生によりそれらをクラスター感染の発信地とした。

Let This Radicalize You: Organizing and the Revolution of Reciprocal Care」や「No More Police: A Case for Abolition」などの著書がある監獄廃止論者のMariame Kabaは刑務所のことを「death-making institution(死を製造する制度)」と呼んだが、本書はその制度が具体的にどのように死を製造し続けているのか明らかにしている。次のパンデミックを待つことなく、こうした制度を解体し生を尊重する制度に置き換えていく必要がある。