Serhii Plokhy著「Chernobyl Roulette: War in the Nuclear Disaster Zone」

Chernobyl Roulette

Serhii Plokhy著「Chernobyl Roulette: War in the Nuclear Disaster Zone

ロシアによる2022年のウクライナ侵攻の際、1986年に史上最悪の爆発事故が起きたことで知られるチェルノブイリ原子力発電所がロシア軍によって占拠された35日間に何があったのか明らかにするとともに、ロシアの行為によって注目を集めた国際法上の不備について論じる本。ちなみにチェルノブイリは現在ウクライナ語の発音でチョルノブィリと呼ばれるが、本書では原発については従来通りチェルノブイリ、原発がある街はチョルノブィリと区別して表記している。

一方的にウクライナ侵攻を開始したロシア軍がチョルノブィリに向かったのは、1986年の原発事故によって原発の周辺30キロメートルほどの地域が立入禁止区域となっておりウクライナ軍が展開していない空白地帯だったこと、そしてチェルノブイリ原発に立てこもりそこを攻撃の拠点とすれば原発を爆発させることを恐れてウクライナ軍が反撃できないと予想できたことが理由だったと言われている。侵攻当時、現場には廃炉作業を行っていた作業員や警備員など数百人がいたが、戦闘の被害により放射能が撒き散らされることを恐れた警備隊はすぐさま降伏し、ロシア軍の占拠が完成する。

それでも作業を止めるわけにはいかないので、ロシア軍の監視のもとウクライナの作業員や技術者らは家に帰ることもできないまま作業を続行。交代の作業員が原発に向かったところロシア兵による暴力を受ける事件もあった。また、原発の周辺では放射線量の増加が記録され、戦闘による施設の損壊による漏洩が心配されたが、ロシア軍が極度に汚染された土壌を掘り起こして塹壕を作ったことが原因だったとのちに分かった。ウクライナや周辺国の人たちの命や健康を人質に取るだけでなく、自国の兵士たちの健康を平気で害するような命令を下したロシア軍の決定は、かつて原発事故の影響を隠蔽し多くの自国民の健康を損なったソ連時代の記憶を呼び起こす。

原発ではウクライナの作業員や技術者の必死の努力により致命的な事故は防がれ、ウクライナ各地で起きたウクライナ人による抵抗によって部隊の再編を迫られたロシア軍が撤退したことで、ロシア軍によるチェルノブイリ原発の占拠は解決する。しかし同時期にロシア軍によって占領されたザポリージャ原子力発電所はその後もロシア軍による占拠が続き、戦闘により原発自体の冷却装置への電力供給が一時停止するなど、福島第一原発事故を彷彿とさせる事態も起きた。

ロシアによるチェルノブイリ・ザポリージャ原発の占拠は、原子力発電所が外国の軍隊に占拠され直接の戦闘が行われる現場になったはじめての例。国際法では原子力発電所に対する攻撃や占拠を禁止する取り決めはとくになく、一般の発電所やダムなどの民間インフラと同じ扱い。ロシアが重要なメンバーの一つでもある国際原子力機関(IAEA)は原発周辺での戦闘を避けるよう求める声明は出せても、原発を占拠したロシアを非難するような声明は出していないし、出したところで実効力を持たない。原発への攻撃や占拠を核兵器の使用と同じ程度にタブーとするような国際法的な枠組みを本書は求めている。