Sarah Oates & Gordon Neil Ramsay著「Seeing Red: Russian Propaganda and American News」
ロシア政府系のメディアであるRTやSputnikの英語による発信と右派系メディアを中心にさまざまなアメリカのメディアの論調をデータや人工知能(AI)を使って比較する本。この手法からはロシアの情報機関が直接アメリカのメディアに働きかけたかどうかは分からないが、ロシアのプロパガンダがアメリカの一部のメディアのあり方に影響を与え、報道している内容だけでなくニュースや事実に対するスタンスまで歪めていることが明らかにされる。
本書が明らかにするように、ロシアの対外プロパガンダはプーチンの演説の内容にぴったり沿った内容であり、1.民主主義は脆弱であり崩壊しつつある、2.米国やNATOはロシアを破壊しようとしている、3.ロシアは強大な国家として復興しつつある、4.ロシアは国内であろうと国外であろうとロシア人を守るために必要な行動を取る、という4つのポイントから成り立っている。非白人による「国の乗っ取り」やディープ・ステートによる選挙不正を訴えることを通して一人一票の原則に基づいた民主主義を否定しようとする欧米の右派は、このうち1のメッセージを拡散し、ジョージアやシリア、ウクライナに軍事介入・侵略を繰り返すロシアに対する干渉を批判する2のメッセージに同調し、ロシアの脅威から目を逸らそうとする。このように右派勢力と右派メディアが自分たちの都合のためにロシアのプロパガンダに同調することは、ロシアによる直接の選挙介入やソーシャルメディアを通した情報操作よりも深刻な問題となっている。と同時に、右派による扇動によって選挙結果に疑いが持たれたり、選挙結果を覆そうとする暴力的な試みが起きたことは、めぐりめぐって滅びつつある民主主義よりも権威主義的な独裁体制のほうが有効だとするロシアのプロパガンダをさらに強化する。
ロシア政府系メディアとアメリカの右派メディアの姿勢は民主主義を攻撃するという点では共通しているが、実際のところロシア政府系メディアはアメリカの右派メディアと異なりドナルド・トランプを一方的に支援しているわけではない。ロシア政府系メディアの報道はトランプにも民主党にも同じように批判的で、民主主義のあり方自体をあざ笑うような内容であり、トランプの存在自体を滅びゆく民主主義の象徴として扱っている。また、米国やNATOは東欧には影響圏を拡大しないと約束したのにそれを反故にしている、ロシアがウクライナを侵略したのはアメリカがウクライナをかつてのソ連と結んだ約束を反故にして西側に組み込もうとしたからだ、というロシア政府の論理は、右派よりもむしろウクライナ支援に反対する左派メディアで多く宣伝されており、ロシアのプロパガンダの影響は右派メディアだけに見られるものではない。とはいえ、RTやSputnikに顕著な煽り調子の「報道」や事実を軽く無視して政治的解釈を垂れ流すスタイルは明らかに右派メディアと相性が良く、トランプをはじめとした右派勢力はまっとうなメディアの報道をフェイクだと決めつけて攻撃する。本当に問題なのは、そうした攻撃によって個々の報道やメディアの信頼性が損なわれることではなく、そもそも事実なんてものはないのだ、メディアは政治的な価値観を押し付けているだけなのだ、という意識が広まり、民主主義の根幹がさらに崩されることだ。
ロシアのプロパガンダはアメリカの右派メディアと同調し、民主主義やそれを支える選挙などの制度や報道、客観的あるいは科学的事実といった概念にダメージを与えることに成功したが、一方ウクライナ支援の世論を決定的に崩すことには今のところ成功しておらず、逆にウクライナ侵攻はフィンランドなど周辺国がNATOに加わるなどの逆効果をもたらしている。またウクライナ侵攻をきっかけにいくつかの国からはRTやSputnikの活動が停止されており、アメリカでもRTによるニュースを紹介するのは右派のなかでもさらに極端な極右メディア・陰謀論メディアに限られている。とはいえ報道機関としての自覚を失った右派メディアが党派的な理由で事実かどうか怪しい陰謀論やデマを報じる危険は続いており、外国政府系メディアの干渉だけでなく国内の信用できないメディアの暗躍も監視していかなければいけない。