Michael Shaikh著「The Last Sweet Bite: Stories and Recipes of Culinary Heritage Lost and Found」

The Last Sweet Bite

Michael Shaikh著「The Last Sweet Bite: Stories and Recipes of Culinary Heritage Lost and Found

戦争や紛争、植民地主義やジェノサイドなどによって人々が移住を強いられたりそれまでの生活を維持できなくなったとき、それぞれの地域や民族の食文化にどのような影響があり、そしてかれらがどのようにしてそれを取り戻そうとするのかに注目した本。

著者はアメリカ・オハイオ州で育ったが、著者の父親は現在のパキスタン出身で、インドとパキスタンの分割と宗教に基づいた人々の大移動を経験していた。それまで同じコミュニティに共存していたイスラム教徒とヒンドゥー教徒やシーク教徒が衝突を繰り返しながらそれぞれパキスタン(東パキスタン=のちのバングラデシュを含む)とインドに移動を強いられた経験は父に強いトラウマを残し、そのためかれは息子に自分が育ってきた文化についてほとんど伝えることができなくなってしまっていた。大人になって国際人権団体で働きアフガニスタンの山奥などでも活動するようになった著者は、世界各地で戦争や紛争、植民地主義やジェノサイドが父だけでなくそれを経験した人たちの文化に代々残る影響を与えていることを実感し、とくに女性によって担われることが多く文化遺産や文化財のように保護の対象とされることが少ない食文化に注目するようになる。

本書はソ連によって占領されたチェコ共和国で行われた食料配給制度による食文化の破壊とそれに抗った人たちの話からはじまり、スリランカのタミール人弾圧やミャンマーのロヒンギャ人に対するジェノサイドによる影響、ウイグル人の家庭に監視員を泊まり込ませて監視したりイスラム教徒に無理やり豚肉を食べさせる中国共産党の政策、コカインの原材料となるコカの葉を使ったボリビアの伝統料理に対するアメリカ政府主導の「麻薬戦争」による文化弾圧と先住民としてはじめて大統領になったイボ・モラレスによる合法化、そしてアメリカ南西部の先住民プエブロたちに対する文化破壊とそれを復興しようとする人々の動きなど、世界各地から報告されている。それぞれについて代表的なレシピも掲載されており、著者が大学卒業後しばらく英語教師として働いていた日本の宮崎県の居酒屋(町名も名前も明記されているけれどネットで検索しても見つからない、古い話だしおそらく現存していないのだろう)に教えてもらった唐揚げのレシピも載ってたりするけど、さすがにコカの葉を使ったレシピはほとんどの国では材料が手に入らないし代替物がないのでどうしても食べたければボリビアに行くしかないらしい。

各国で起きている、あるいは過去に起きたさまざまな戦争や人権侵害という大きな話題の前に、食文化に対する影響は比較的小さなトピックのようにも思えるけれど、食文化は人々の生活に密着していてわたしたちの幸せに強く繋がっており、ニュースや歴史の教科書で見る話題が実際にそこで生きている人たちにどう経験されているのかより実感を持って理解させられる。