
Jim Clyburn著「The First Eight: A Personal History of the Pioneering Black Congressmen Who Shaped a Nation」
2020年の大統領選挙の予備選挙で序盤苦戦していたジョー・バイデン元副大統領を逆転勝利に導きキングメーカーと呼ばれたジム・クライバーン連邦下院議員が、南北戦争終結後のサウスカロライナ州から連邦下院議員に選出された8人の黒人男性たちについて語るとともに、かれらから約100年後に9人目の黒人としてサウスカロライナから連邦下院議員に選出された著者自身の経験を重ねて綴る本。
南北戦争終結後、勝利したアメリカ連邦軍は南部の白人政権を解体し、アメリカに対する反乱を指揮した指導者たちの地位を奪うとともに、奴隷制から解放された黒人と白人(の男性のみ)が対等の立場で政治に参加できるような制度を導入した。奴隷貿易の中心地の一つであったチャールストン市のあるサウスカロライナ州ではとくに黒人奴隷の人口が多く、戦後のサウスカロライナ州では有権者の過半数を占める黒人たちの支持により多数の黒人指導者たちが議員や首長に当選した。こうした動きはリコンストラクション(再建)と呼ばれたが、リンカーン大統領の暗殺後、元南軍の白人による暴動やテロが多発し、人種平等を目指していた共和党急進派が衰退すると、リデンプションと呼ばれるバックラッシュが起こり、暴力と法的な攻撃により黒人たちの投票権がふたたび奪われ、黒人政治家たちも次々と表舞台を追いやられていった。その結果、新制度のもとで選挙が行われた1870年代から黒人の参政権を奪う復古が行われた1890年代にかけて8人もの黒人下院議員を排出したサウスカロライナ州から9人目のクライバーン議員が1992年に初当選するまで、100年もの時が過ぎてしまった。
8人の議員たちの中には有名な人もいればあまり逸話も伝わっていない人もおり、アメリカ人だったのかどうかすら怪しい人までいたりするけれど、なかでも一番すごいのは奴隷として生まれたロバート・スモールズ議員。奴隷時代、白人所有者によって仕事に出され賃金のほとんどを所有者に奪われていたスモールズ氏は、南北戦争では南軍の輸送船で働かされていたが、船員の大多数を占めるほかの黒人たちと共謀し、ある夜、白人将校たちが街に繰り出しているうちに船員たちの家族を呼び寄せ、勝手に輸送船を奪って出航。帽子を深くかぶって白人将校のふりをして南軍の陣地を脱出し、連邦軍の船舶に近づくと南軍旗を外してかわりに白いシーツを掲げて連邦軍に投降する。その後リンカーン大統領に同胞を解放するために黒人部隊の創設を直訴し実現するなど政治力も発揮し、のちに政治家に転身した。すげえ。しかしそのスモールズ議員を含め、当時政治家として成功した黒人のほとんどは白人とのミックスか、肌の色が白人に近い明るい色の人たちで、人種だけでなく肌の色の明るさや暗さによって教育を受けたり仕事を得る機会が決まるという不公正は当時からあった。
本書は決して8人の先駆者たちを理想化することはなく、かれらが黒人同士で足を引っ張り合ったり、高い教育と教養を身に着けた自分を特別な人間だとしてほかの黒人より上だと思っていた的な話も書かれている。しかしリコンストラクションがほんの10年ほどで崩壊し白人至上主義が復権した最大の理由は、南部の白人たちが政治的暴力や法の私物化に訴えて黒人たちの権利をありとあらゆる手段で奪いにいったこと、そして北部の白人たちが「国家の和解」を優先してそうした南部の白人たちの悪行を見て見ぬふりし、連邦政府が黒人たちとの約束を反故にして南部の(白人による)「自治」に任せたことにある。
著者は以前から自分の100年前の先輩にあたる8人の黒人下院議員たちについての本を書きたいと思っていたが、本書の内容はかれが当初思っていたものとは大きく変わってしまった。それはバラック・オバマが黒人(と白人のミックス)としてはじめて大統領となったことへの反発から、かつて奴隷解放を進めたリンカーンの党であるはずの共和党が白人至上主義に飲み込まれ、「アメリカを再び偉大に」の掛け声のもと、政治的暴力と法制度を通した攻撃によりマイノリティの権利を奪う、手段を選ばない復古主義的な政党・政治運動になってしまったことに原因がある。著者が指摘するように、黒人の参政権を奪うためにかつて白人至上主義者たちが行った暴力と法的攻撃の歴史は、KKKのかわりにプラウド・ボーイズやオース・キーパーズなどの極右暴力集団とそれに迎合的な共和党主流派によって繰り返されている。
このように100年以上前の歴史的人物についての本でありながら、現在のアメリカ政治とシンクロする内容の本であり、一度実現したはずの民主主義が壊された歴史の再現を食い止めなければいけない、という著者の思いに共感する。がしかし同時に、リコンストラクションによる民主主義が女性や先住民を排除したものであったことは、もうちょっとちゃんと触れてくれても良かったんじゃという気がする。女性には当時人種にかかわらず参政権がなかったから当然「最初の8人」のなかに女性議員が一人もいない事実にも、連邦政府が一度は解放奴隷たちに農地の分配を約束しのちにそれを反故にした話やリコンストラクション期に連邦意政府が政府所有の土地にクライバーン議員の出身校でもある黒人大学を設立した話などに出てくる「農地」や「政府所有の土地」がそれほど遠くない過去に先住民を追い出しかれらから奪ったものであることにも、特に触れられていない。そのあたり、ちょっと残念に感じるんだよ。