Jessica Pishko著「The Highest Law in the Land: How the Unchecked Power of Sheriffs Threatens Democracy」
アメリカの法執行官であるシェリフ(保安官)が人種平等を妨げ民主主義を危険に晒していることを告発する本。
日本にいる人にとってはシェリフというのが何なのか分かりにくいと思うけど、簡単に言うと州と市町村の中間の立場の自治体である郡の法執行を指揮する役職。独自の警察を持たない小さな市町村や、市町村に含まれない地域の警察の役割を果たすほか、郡の留置所の管理などの役割も果たす。警察署長がそれぞれの市長によって任命されているのに対し、ほとんどの郡においてシェリフは住民による直接選挙によって選ばれるため、州や自治体の首長の指図を受けることがなく、強大な権力をふるっている。
シェリフといえば西部劇でもおなじみだが、伝統的に地域の(白人)住民に最も近い立場にいる法執行官として、時には州や連邦政府の方針に抵抗し自治を守ることが誇りとされてきた。都市住民たちは自分の街の警察があるためシェリフに対する関心が薄いこともあり、シェリフは都市住民より保守的で白人が多い田舎の住民たちに寄り添う傾向が強い。またシェリフやその部下たちも、警察組織などほかの法執行機関に比べて白人男性の割合がとても高い。20世紀初頭には黒人に対するリンチや殺害に協力したり参加したシェリフは少なくないし、公民権運動の時代には人種隔離政策撤廃に抵抗した。最近ではコロナウイルス・パンデミック初期のロックダウン政策を妨害し、また排他主義的な民間団体と強力して独自に非正規移民の摘発や逮捕を行うこともある。
もともと保守的で独立志向の強いシェリフだが、最近では「コンスティチューショナル・シェリフ(憲法の保安官)」という、シェリフこそが最高の法的権威である、という運動に賛同するシェリフが増えている。本来なら州政府や連邦政府が成立させた法律が合憲かどうか判断するのは最高裁の役割だが、かれらはシェリフこそがその判断を行う権限があると考えている。これによりパンデミック対策や銃規制に対する違反を取り締まらないと宣言したり、2020年の大統領選挙結果に不正があったとする根拠のない陰謀論を受けて独自に捜査を開始し「法執行機関も選挙結果を疑っている」という印象を広めたりもした。ヘイト運動を監視している南部貧困法律センターもコンスティチューショナル・シェリフ思想を極右過激派と関連した運動であると指摘している。
権力の分散と相互チェックを原則としたアメリカの法制度においてシェリフがほとんどなんの制約も受けないようになっているのは、単なる歴史的なアクシデントであり、今後もこうした仕組みを温存する理由はないと著者。実際、わたしが住むワシントン州キング郡(シアトルとその周辺)でも、ブラック・ライヴズ・マター運動の働きかけによって2020年に住民投票でキング郡シェリフを任命制にすることと、郡議会によってシェリフの権限を制限できるような改革が実現した。しかし人権擁護や環境保護などといった施策を押し付けてくる州政府や連邦政府に対する敵意が強い地域では強力なシェリフが地元の(白人)住民たちを守ってくれるという意識が強く、全国的な改革は難しそう。とはいえ、強力なシェリフによって守られているのが何なのか、そして守られないどころか攻撃されているのが誰なのか、しっかり意識して議論するために、本書は多くのアメリカ人に読まれてほしい。