Jess Whatcott著「Menace to the Future: A Disability and Queer History of Carceral Eugenics」

Menace to the Future

Jess Whatcott著「Menace to the Future: A Disability and Queer History of Carceral Eugenics

犯罪者を処罰するための刑務所と精神病患者や障害者をケアするための病院、さらには性的モラルを逸脱しているとされるクィアや性労働者たちを一般社会から遠ざける社会的な仕組みは、現代ではそれぞれ別個の制度や施設、社会的慣習に分けられているが、それらが監獄優生主義によって歴史的に繋がっており、現代でも形をかえてそれらが連動していることを論じる本。

2020年に盛り上がったブラック・ライヴズ・マター運動によって監獄廃止主義(アボリショニズム)の論理が世間に知られるようになり、多くの人はそれに全面賛成しないまでも、社会において警察や刑務所が果たす役割を縮小し、予算を社会福祉に振り分けることで犯罪の原因となる貧困や困窮を軽減すべきだという意見は一定の支持を得ている。しかしその中で、子どもや女性の保護や精神病患者や障害者のケアといった目的のために設置されたさまざまな制度や施設が、もともと優生主義的な価値観に基づく社会的弱者の社会的隔離と生殖能力や生殖機会の管理のために生まれたものであることは見過ごされがちだ。

ナチスドイツが起こしたホロコーストでは、ユダヤ人など民族的マイノリティとともに障害者やクィア・性労働者たちが絶滅優生主義政策の対象とされたが、そこまでいかずとも保護やケアを口実とした施設に強制的に収容し医学的措置をほどこすことによってかれらの社会的再生産を管理したことは、監獄優生主義とみなすことができる。また、あるとき以降、人権運動の広がりによって精神病患者や障害者を収容するのではなく社会参加させるべきだという議論が広がり多くの施設が閉鎖・縮小されたが、かれらが自由に社会参加するのに十分な支援は提供されず、結果としてこんどは経済的困窮を理由とした犯罪行為によって犯罪者として多くの人たちが監獄に収監されることになってしまった。クィアやトランスの人たちを病的であるとして医学的措置の対象としようとしたり、性労働者を救済するために逮捕・拘束して強制的なプログラムを受けさせようとする政策もいまも続いている。

本書は監獄優生主義というキーワードを通して、優生主義とクィアや障害者への権利侵害、リプロダクティヴ・ジャスティスとディスアビリティ・ジャスティスの関係といったテーマを掘り下げ、優生主義を既に克服された過去の遺物として扱おうとする政府を批判する。学術的な本であり読者を選ぶ内容だが、カリフォルニアの公立病院の文書に残されたニューロダイバージェントで性的に「不適切」とされた人たちの「症状」の記録からかれらのささやかな抵抗や仲間との連帯を読み解こうとするあたりはとくにおもしろかった。